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通訳業界の最新動向

2020年はコロナ禍が世界を覆い、日本も政府により緊急事態宣言が出され、それを機に企業活動の一部はオンライン化に舵を切った。これによって通訳業界はどう変わるのか、通訳に求められる素養やスキルに変化はあるのか。通訳業界の動向を業界内部の声から探った。

織田文恵

株式会社インターグループ 通訳翻訳事業部
織田文恵

コロナ禍で通訳市場は大きく変わろうとしています。これによって通訳者をめぐる環境も変わり、オンライン化によって市場規模の大きな東京へ、地方在住の通訳者やこれから通訳を目指す人が参入してくることは確実です。
株式会社インターグループWebサイト

Withコロナの時代は現場通訳と遠隔通訳が並立する

2020年最大のトピックは、新型コロナウイルス感染症の世界的な拡大だ。企業活動は抑制され、海外との行き来だけでなく日本国内での移動も大きく制限され、その影響は通訳業界にも及んだ。「コロナ禍によって通訳の世界も大きく変わりました」と実感を込めるのは、国際会議の企画・運営から通訳、翻訳はじめ語学スペシャリストの派遣、通訳者・翻訳者の育成などのサービスを展開している株式会社インターグループ通訳翻訳事業部の織田文恵さんだ。

「Withコロナで、実際に現場に行っての通訳の仕事はかなり減ったのは事実です。政府による緊急事態宣言によって半ば強制的に多くの企業でテレワークが導入されましたが、一方でオンラインでの業務も可能であることが企業に認知されたこともあり、オンライン会議やオンライン商談、オンラインシンポジウムなど遠隔での通訳のニーズは高まっています」

織田さんによれば、会議通訳などで直接企業などに出向く場合も、通訳だけが別室で企業側の参加人数も制限され、そこに数名がオンラインで会議に参加するといったケースも増えているという。資料の入手にも変化が見られ、海外から資料が提供される場合、現地との時差の関係で会議や商談の直前になるケースもある。

また近年需要が増えている医療通訳の現場も、感染症対策の観点から、通訳者も院内にいながらにして別室から遠隔で医師と患者の通訳を行うケースも増えているという。話者の表情を現場でリアルに感じながらの通訳が減っているのは事実のようで、特に同時通訳では遠隔同時通訳システム(RSI:Remote Simultaneous Interpretation)が導入され、顧客との直接の接触機会を減らす取り組みが進む。今後は現場での通訳とオンラインによる遠隔通訳が並立していくのではないかと見られる。

また、Withコロナの中、対面を回避し最低限必要なコミュニケーションをオンラインで対応していた多くの顧客も、ニューノーマルな対応を各々で模索しており、これまで差し控えていた商談・セミナー・研修等の会合も目的と状況に応じて対面・遠隔と形式を選択しながら実施する状態に戻りつつある。

一方コロナ禍に隠れてしまった感があるが、多言語化も通訳業界の大きな流れだ。「ビジネスのグローバル化に伴い日本企業は世界各地に進出し、海外の取引先や海外におけるビジネスパートナーと商談や会議が頻繁に持たれています。英語はスタンダードな言語でありビジネスシーンでは多く用いられますが、母国語を交えて商談や会議を行いたいというニーズも確実に存在します。日本企業が多く進出している中国では中国語のニーズがあるのはもちろんのこと、インドネシアやタイ、ベトナムなど経済成長を続けるアジア諸国などをはじめ、現地母国語の通訳ができる通訳者の引き合いは増していくと考えられます」と織田さんは言う。多言語化は国内において行政や教育、医療などコミュニティ通訳の場でも広がっているが、コロナ禍によって需要は一時的に停滞するものの、大きな流れは増加基調と考えられる。

通訳者間での競争が激化し顧客による選別が一層広がる

遠隔での通訳のニーズが高まることによって今後予想されるのが、通訳者間での競争の激化だ。その理由は、企業をはじめとする顧客は常に優秀な通訳者を求めているからだ。「例えば、従来は東京での通訳案件であれば東京を中心とした首都圏在住の通訳者が対応していました。しかしオンラインであれば距離の制約はなくなります。その結果、例えば大阪や海外在住の通訳者も担当できるようになります。住む場所に関係なく通訳の仕事ができるチャンスが広がる一方、今後は通訳者としての力がより問われてくるのではないでしょうか」と織田さんは話す。

このように大きく様変わりを見せている通訳の現場だが、通訳に求められる素養やスキルに変化はあるのか。織田さんは「本質的に変わらない部分と、そうでない部分がある」という。「通訳者に求められるのは勉強熱心であること、常に努力を怠らないこと、そしてさまざまな分野に興味を持って取り組む姿勢です。これは現場での通訳であろうと遠隔通訳であろうと変わりません。その一方、ネットワーク環境についての知識やパソコンの操作など、オンラインならではのITリテラシーや対応力が求められます。具体的には話者の声が聞き取りづらかったり、ネットワークが一時的に途切れてしまうケースも実際に起きた事例です。このようなことが起きても通訳者は冷静に対応し、分からないまま通訳を進めてしまうのではなく、話者が話した内容を確認するため聞き返したり復唱することも 大切です」

織田さんは加えて「技術にとどまらず、お客様の満足はどこにあるのかを考え、どうすればお客様の目標が達成できるのかを常に心に留めながらお客様と同じ目線で通訳ができる通訳者は、どんな時代であっても仕事が途切れることはない」と強調する。

「同じ目線」とは何か。例えば遠隔通訳の場合、オンラインでの会議や商談に不慣れな話者がいれば、その接続方法なども通訳者がサポートする心遣いが求められる。通訳開始前の確認音声が確実に届いていなければ、それを臆せず話者に伝えることも必要だ。「モニターで見る話者の表情の変化を感じとることも忘れてはなりません。表情が曇りがちだと、話者は通訳を十分に飲み込めていないか、通訳者の声が聞き取りづらい可能性があります。このような時は『進めてもよろしいでしょうか?』といった一言が通訳の品質を高める上でも大切になります」(織田さん)

「備え」があればどんな景況にあっても生き残れる

Withコロナの時代、従来に増して優秀な通訳者とそうでない通訳者との差が明確になりつつあるが、どんな時代の変化にあっても、常に引き合いがある通訳者となるためには十分な「備え」が必要となる。「例えば、お客様の会議や商談など、通訳者はその一度の仕事で終わりと決して考えず、経験させてもらった分野の知識を深め、次回同じような質問をしなくて済むようにすることが重要です。もしお客様から次回も通訳に指名され、『前回はここまでお話ししたので、今回はここから始めます』と言われてもスムーズに入っていけるからです」と織田さん。「通訳の仕事のない時こそ通訳者の素養とスキルを磨く準備に充てるべき」と強調する。

備えとしてぜひ活用したいのが、通訳・翻訳スクールで行っているオンライン授業やセミナー・ワークショップだ。コロナ禍にあってはオンラインセミナーやワークショップの積極的な開催が目立ち、1回完結のものや複数回に分けてのものなど、テーマによってバラエティに富んでいる。経験豊かな通訳者が指導にあたるこれらの授業や講演は、遠隔通訳や初めての分野などに挑戦する人にとって有効だ。オンラインであれば、住む場所に関係なく参加できるのが最大のメリットだろう。「インターグループの会議通訳者養成機関であるインタースクールでも、他に先がけて全クラスでオンライン授業を行っており、レベルによっては同時通訳システムを使った授業も行っています。時代のニーズに即したタイムリーなテーマによるワークショップも随時開催しています」(織田さん)

通訳の活躍が大きく期待される東京オリンピック・パラリンピックも2021年に延期されたが、その開催の行方も不透明のまま。しかし、いずれコロナ禍は終息し企業活動は再び活発になるはずだ。通訳者にとどまらず、通訳を目指す人にとっても活躍の場で大きく羽ばたけるよう備えることが重要で、まさにその期間として位置づけられるのが2020年から2021年にかけてのWithコロナの時代なのだろう。

取材・文/高橋明裕

遠隔通訳とは

通訳者が現場とは別の場所から電話やオンラインシステム等を使用して行う通訳の総称。電話やTV会議における遠隔通訳は以前から行われていたが、特に最近はオンライン会議やテレワークの普及にともない、場所を選ばず通訳を利用したいというニーズが高まっている。そこで、注目を集めているのが遠隔同時通訳(RSI:Remote Simultaneous Interpretation)だ。通訳ブース、専用の機器の手配にかかるコストや手間が省け、会合への参加者がどこにいても自身のスマートフォンやタブレット、パソコンで手軽に通訳音声を聞くことができるので、利用する企業が増えている。

RSIについて更に詳しく知りたい方は、RSI(株式会社インターグループ )などのサイトが参考になる。