英字新聞のジャパンタイムズがお届けする
通訳・翻訳業界の総合ガイド

  1. トップ
  2. コラム
  3. 横山カズさん

横山カズさん

同時通訳者として稼働しながら英語講師としても多彩な活動を展開する横山カズさん。留学経験も通訳学校の通学経験もなく、独学で英語を学んだ異色の経歴をもつ。話題の英語スピーキング学習メソッド「パワー音読®」の開発にもつながった横山カズ式の語学修得術とは。

ロジックの前に心に刻む 自分が主役の語学学習

Profile:1977年三重県生まれ。関西外国語大学外国語学部スペイン語学科卒業。同時通訳者。2012年ICEE英語コミュニケーション検定試験トーナメント総合優勝。武蔵野学院大学国際コミュニケーション学部・実務家教員。英検1級。翻訳家や格闘家としての顔ももつ。さらに独学で英語を身に付けた経験を活かし、英語講師としても活躍中。英語4技能・英語スピーキング指導のエキスパートとして日本全国で授業と講演を行っている。著書に『パワー音読入門』(アルク)、『英語に好かれるとっておきの方法 ~ 4技能を身につける~』(岩波ジュニア新書)、『英語 “瞬発”スピーキング』(IBC)、『ビジネス英語 パワー音読トレーニング』(DHC)など。

「違う、これじゃない」学校の教室で感じたこと

独学のみで英語を修得し、同時通訳者になるという夢を叶えた横山さん。日本にいながら同時通訳が務まるレベルの英語を身に付けるのは簡単な道のりではない。英語と無縁の環境で育ったという横山さんが通訳者を目指したきっかけとは何だったのだろうか。

「まだ小学校低学年の頃、テレビで何かの記者会見を中継していたのですが、そこで同時通訳者の仕事ぶりを見て衝撃を受けました。理屈ではなく〝自分もこのスキルを身に付けないと絶対に後悔する〟と直感したんです」

子どもの心に刻まれた将来の目標。しかし、意気込みに反して英語を学ぶまでは至らなかった。

「親に海外留学の相談をしたものの願いは叶わず。他の大人にも海外へ行かないで通訳者になるのは無理だと諭され、途方に暮れてしまいました」

厳しい現実を知り意気消沈。その落胆は中学生になり英語の授業が始まっても消えなかったという。

「英語の授業を受けていても、同時通訳者になれるイメージが湧かなかった。当時、ナチュラルな発音や会話のスキルが学べるわけでもないし、〝違う、これじゃない〟と感じていました」

中・高を通して英語の成績は悪かったというが、受験が迫ると通訳者になるべく一念発起。高3の夏休みからの猛勉強の末、関西外国語大学に合格。しかし、本命の英米語学科は不合格。倍率が低かったスペイン語学科に滑り込んだ。

「大学でも本格的に英語を学べる環境は手に入らず、スペイン語の授業を受ける日々。落ち込んでいても仕方ないので高校時代と同じく柔道部に入部し、稽古に打ち込んで気を紛らわせていました」

英語が学べない失意から続けることにした柔道であったが、その柔道が後に思わぬところで英語と横山さんをつなぐことに一役買う。

「自分で学費を稼ぐ必要があったので高額のアルバイトを探していたところ、大阪の外国人向けナイトクラブでバウンサー(セキュリティ担当の用心棒)の仕事があることを知りました。そこで面接を受けに行ったら柔道選手であることが買われて採用に。これが私にとって転機となりましたね」

横山さんにとってこの仕事は、学費を稼ぐ以外にもうひとつ思わぬ収穫があった。

「ナイトクラブでは外国人のお客さんがお酒を飲むため、ネイティブ、ノンネイティブを問わず、多国籍のさまざまなタイプの英語が容赦なく飛び交う。また、特に週末は喧嘩など当たり前のように発生していたんです。激怒している時にゆっくりとわかりやすく話してくれる人などいませんから、そこでリスニングの大切さを嫌というほど理解しました」

試行錯誤の連続ではあったが、横山さんはコツをつかみ始め、英語の面白さにのめり込んでいく。

「少しずつ何を言っているのかわかるようになってくると、関係詞の使い方やitで始まる文、無生物を主語にした文など日本語からは発想が不可能な『英語らしい』フレーズが気になってくる。そこから学習意欲も高まり、英字新聞や『TIME』『Newsweek』などを毎日読むようになりました。すると、大事なポイントや表現が目と耳に引っかかるようになるんです」

日に日に英語力が身に付いていることを実感した横山さんは、就活をせず卒業後もバウンサーの仕事を継続。さらに不動産会社での外国人留学生対応や翻訳などのアルバイトも並行し、英語力に磨きをかけていった。そして、通訳者デビューのチャンスが訪れる。

「24歳の頃、三重大学の生物資源学部の代表団が米メリーランド州の環境庁長官を訪問するため通訳者を探していると知り、直接電話をして売り込みをかけたんです」

通訳者としての初仕事を無事終えると、今度は愛知県のエージェントと契約し、本格的にプロ通訳者として活動を開始。トヨタ自動車や三洋電機といった大手企業の通訳業務で経験を積み、2010年には「COP10(生物多様性条約第10回締約国会議)」の同時通訳を担当する大役も果たした。

横山さんが今でも定期的に読み返すというインタビュー記事のスクラップ帳(写真下)。気に入ったフレーズや表現があれば私家版表現ノートにあえて手で書き写してストックしていく。英文のインタビュー記事は同時通訳、特に質疑応答において威力を発揮する、柔軟な関係詞の使い方であふれている

心に刻まれた言葉は瞬間的に出てくる

30代になると、当時のJALの会長の外遊における通訳の仕事を機に東京に進出。卓越した語学力と独学で英語を修得した実績から英語講師としての需要も増えた。

大学に入るまで英語が苦手だったという横山さんが、スキルアップできた秘訣はどこにあるのか。

「私はもともと〝言葉〟への好奇心が強く、子どもの頃から本を読んでは好きになったフレーズや美しい響きの言葉を心にストックしていました。好きな言葉を知るたびに、ショーケースで輝くおもちゃが増えていくように感じたものです。それはまさに手に入れたいと願った『自分らしさにつながる言葉たち』だったんです。日本語に限らず英語でも感覚は同じです。英字新聞や小説などをただやみくもに多読するのではなく、その中から自分が興味のある人物や憧れている著名人のインタビュー記事をコレクションしていくんです。そうすることで英語を読むことが楽しい作業に変わり、『自分らしい英語』ができ上がっていきます。語学学習の起点となるのは、まずは自分の〝興味・感情・考え(主観)〟でなければダメなんです」

一人目のクライアントはあくまで「自分自身」!

通訳者になるために、自分自身を通訳するというユニークな勉強法も実践していたという。

「自分と友達の会話を録音し、後から聴いて翻訳する。自分の感情や言いたいことに合致する英訳文を作っては音読し、心に練り込んでいきます。この方法は自分の感情を的確に表現できる英語が無理なく記憶に残るため、やっていても飽きることがありません」

いくら単語や文法の知識が頭に入っていても、それらの情報を瞬時に取り出せなければ意味がない。だからこそ心と情報のリンクが重要となる。

「例えば、誰かが撮った風景の写真を見ても脳の記憶には残りにくい。ところが同じ風景でも自分がその場で撮った写真であれば、風景と思い出がリンクするので心の記憶として刻まれる。語学学習も同じこと。言葉を自分と無関係の〝情報〟としてではなく、自分の心とリンクした〝思い出〟として記憶すれば、頭で考えなくても瞬時に言葉が出てくるようになるんですよ。懐かしい歌を聞くと、遠い昔の記憶が一瞬で思い出されるのと似ている気がします」

通訳者になりたかった横山さんのゴール設定は、試験でスコアを上げる事ではなく、英語そのものを自分自身に取り込むことだった。

「自分の言葉を通訳することができたら、あとは〝自分〟を〝他者〟に置き換えれば、それが通訳者の仕事になります。私は同時通訳をする際、スピーカーとの対話や資料を通して、その人に興味と共感を持つ事をとても重視しています。スピーカーに私がリンクする事で、まるで自分の気持ちや考えを話しているかのような錯覚に陥る事もあります。大抵そういう時は通訳が上手くいっています」

さらに、訳文を作るだけでなく、それを音読するのも重要だという。

「まずは自分が正しいと思う発音で何度も音読してから、正解の発音を調べて音声や動画で確認します。そうすると自分の間違いや改善点が明確になり、強く印象に残るのでより早く正しい発音が身に付くんです。発音が改善すると英語を話すことが楽しくなるし、リスニング力の向上にもつながり、自信を得ることができるんです」

DHC刊『ビジネス英語パワー音読トレーニング』
COMPLETE TRAINING SET

リスニング能力も養える「パワー音読®のススメ」

これまでの経験を集約した英語スピーキングの学習メソッド「パワー音読®」を開発し、大きな話題となっている横山さん。現在は全国各地から授業や講演の依頼が殺到している。

「海外に出ずに英語を修得した人たちは、ほとんどの人が熱心に音読を実践しています。私が提唱する『パワー音読®』とは、思考・情緒・反射を短時間でリンクさせる手法なんです。英文の意味や内容を理解しながら音読し、段階ごとに正しい発音、アクセント、流ちょうさ、スピード、とテーマを変えながら15分程度で完結させます。自分の心とリンクする英文を選んで続けていれば、通訳者として必要な4技能(読む・聞く・書く・話す)がひとつに結び付き、通訳する時に必要な英語の運用能力、変化即応性のコアを養えます」

最後に通訳者を目指している人たちに向けたメッセージを聞いた。

「とにかく『自分らしさ』『自分への取材』をまずは楽しんでください。そして、自分の興味や感情を大事にして、心に響く表現たちとの出会いを存分に楽しんでください。人生で一番最初のクライアントは自分自身だと思えば、通訳をすることがぐっと身近に感じられると思います」

取材・文/谷口洋一
この記事は「通訳・翻訳キャリアガイド2020」に掲載されたものです。

コラム一覧

こちらもどうぞ

自分の目標、自分のなりたい姿に合わせてスクールを選ぼう。