【連載コラム 第37回】
越前先生の「この英語、訳せない!」
ビシッと決まる訳語の裏には翻訳家の人知れぬ苦労があります。
名翻訳家の仕事と思考のプロセスを追体験できる、珠玉の翻訳エッセイ。
7 色じゃない虹もある
虹の色は全部で何色あるでしょうか。もちろん、7色ですね。外側から順に、赤(red)、橙(orange)、黄(yellow)、緑(green)、青(blue)、藍(indigo)、紫(violet)。英語圏では、虹の7色を子供が覚えるとき、それぞれの頭文字で各語がはじまる“Richard of York gave battle in vain.”(ヨーク公リチャードが戦ったが、うまくいかなかった)という文を口ずさむことがよくあります。
とはいえ、現実の虹で7つをはっきりと線引きできるわけではなく、また、色の呼び名は人によって異なるので、いろいろな場面で微妙な差異が見られます。日本でも、あとの3つが「水色、青、紫」だと思っている人が少なからずいるはずです。英語圏の例をいろいろ調べてみると、“Red, Orange, Yellow, Green, Blue, Purple, Pink”という歌がかなり知られているようです。
また、英語圏では、そもそも7色ではなく、6色だと認識している場合も多くあります。トム・クランシー作の『レインボー・シックス』(村上博基訳、新潮文庫)という軍事スリラー小説があり、同じタイトルのコンピューターゲームなども有名です。これは特殊部隊「レインボー」の指揮官(シックス)という意味ですが、虹の色が全部で6色であるという前提に基づいてつけられた名前でもあります(通常、indigoを抜いた6色です)。
一方、LGBTの尊厳や社会運動の象徴であるrainbow flagは、当初の案が8色だったのが、デザインの見やすさなどの理由から7色に、そして現在の6色に変わりました。7色のときはあとの3つが「ターコイズ(turquoise=トルコ石の色)、藍、紫」で、やがてそれが「青、紫」にまとめられたのだそうです。
さらに、アフリカの一部では、虹を3色や2色のものと見なす地域もあるそうです。虹そのものは昔からいつでもどこでも同じ現象ですが、時代や場所が変わればさまざまなとらえ方がされるということですね。
色に関しては、このような例がほかにも多くあり、信号の「青」は英語ではgreenであるとか(かつては日本でもよく「緑」と言いましたが、最近はあまり聞きませんね)、sandy hairは「砂色の髪」より「金髪」のほうが実態としては近いとか、ぴったりと対応しない場合もあるので、つねに注意が必要です。

越前敏弥(えちぜん としや): :文芸翻訳者。1961年、石川県金沢市生まれ。東京大学文学部国文科卒。訳書『オリジン』『ダ・ヴィンチ・コード』『Yの悲劇』(KADOKAWA)、など多数。著書に『この英語、訳せない!』『「英語が読める」の9割は誤読』(ジャパンタイムズ出版)、『日本人なら必ず誤訳する英文・決定版』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)などがある。

