【連載コラム 第38回】
越前先生の「この英語、訳せない!」
ビシッと決まる訳語の裏には翻訳家の人知れぬ苦労があります。
名翻訳家の仕事と思考のプロセスを追体験できる、珠玉の翻訳エッセイ。
「トレーナー」は日英米で別物
衣類に関することばで、イギリス英語とアメリカ英語、さらにはカタカナ英語とのあいだで大きく意味のちがいがある場合がいくつもあります。
まず、vest。アメリカでは日本と同じく、シャツの上に着る袖なしのセーターなど(やや古いことばで、チョッキや胴着)を指しますが、イギリスではその意味のときはwaistcoatと言い、vestは袖なしの肌着(ランニングシャツやタンクトップ)を指します。また、時代をさかのぼると、17世紀から19世紀にかけては、法衣やガウンなどの意味で用いられていたらしく、Oxford English Dictionaryには、当時の定義として、“A loose outer garment worn by men in Eastern countries or in ancient times; a robe or gown”と記されています。
つぎに、jumper。日本語の「ジャンパー」はコートやジャケットの仲間ですが、イギリス英語では、セーターとほぼ同義(アメリカ英語のsweaterやpulloverにほぼ相当)。アメリカ英語では、イギリスと同じ意味のときと、ジャンパースカート(袖なしワンピース、イギリス英語のpinaforeにほぼ相当)と同じ意味のときがあります。
trainerは、イギリスでは運動靴を指し、アメリカでは衣類の意味では使わず、「訓練する人」の意味しかありません(イギリスでも、その意味のときがあります)。日本語では「カジュアルな上着」の意味で使われますが、これはおそらく和製英語で、衣類の「トレーナー」に該当する英語はsweatshirtです。
suspender(s)は、アメリカでは日本と同じく、「ズボン吊り」の意味ですが、イギリスでは、女性用のストッキング留め、つまり「ガーターベルト」です。ただし、イギリスの若い人何人かに尋ねたところ、その意味を知らない人のほうが多かったので、これはおそらく古い用法であり、いまはアメリカや日本と同じ意味で使われるケースが多いと思います。
みなさんもぜひ、ネットで画像検索をしたり、知り合いのネイティブスピーカーに尋ねたりしてみてください。英米以外の人に訊くとさらに別の答が返ってくることもありますし、世代によって微妙にちがうこともあります。ことばは絶えず変化しているのですから、それも当然です。

越前敏弥(えちぜん としや): :文芸翻訳者。1961年、石川県金沢市生まれ。東京大学文学部国文科卒。訳書『オリジン』『ダ・ヴィンチ・コード』『Yの悲劇』(KADOKAWA)、など多数。著書に『この英語、訳せない!』『「英語が読める」の9割は誤読』(ジャパンタイムズ出版)、『日本人なら必ず誤訳する英文・決定版』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)などがある。

