川合亮平さん
イギリス英語にこだわり、通訳者、翻訳者としてだけでなく、ジャーナリスト、ライター、コーディネーター、さらには語学講師にいたるまで、幅広い活動を展開している川合亮平さん。異色ともいえる多彩なキャリアはどのようにして構築されたのだろうか。
キャリアの可能性を広げたイギリス英語へのこだわり
芸大を中退して英語の学習を開始
「もともと語学を仕事にするつもりはなく、アート系の分野に興味がありました。大学も芸大に進んだのですが、入学して自分が向いていないと気付いたんです」
のんびり将来を考える学生も多い中、川合さんは素早い行動に移る。学校に行かずアルバイトでお金を貯め、オーストラリアへ3カ月間の語学留学に出発したのだ。
「英語の修得というより、海外に行って視野を広げる目的でしたが、外国人とのコミュニケーションは想像以上に芸大を中退して英語の学習を開始刺激的で、帰国する頃には本気で英語に取り組もうと決めていました」
日本に戻ると自宅にこもって英語学習を開始。20歳から約3年間、自宅にこもって勉強を続けた。
「コミュニケーションレベルの高い英語を修得したかったので、学習はリスニングが中心。CD付きの教材を買ったり、通信講座を受講したり、NHKのラジオ講座を聴いたり。とにかく英語をたくさん聴いて学びました」
語学力に自信がつくと、勉強を続けながら英会話非常勤講師の契約社員も並行。これが川合さんの大きな転機につながる。講師仲間のあるパーティーに参加したとき、運命の出会いが待っていたのだ。
「イギリス人女性の講師がいたので何げなく会話してみたら、彼女が話すイギリス英語の美しい響きに衝撃を受けました。〝僕もこの英語が話せるようになりたい!〟と。そこからイギリス英語にこだわって今にいたります」
サラリーマンからフリーランスに転身
その後、英語を職業とするために、25歳で大阪を離れて上京。しかし、そこで壁にぶつかる。
「東京へ行けば、何か英語を使った仕事が見つかるだろうと考えていましたが、自分には学歴も職歴もコネもなかったので、どこも相手にしてくれませんでした」
仕事のアテがないまま上京する行動力が裏目に出るも、諦めずに就職活動を継続。そして数カ月後、大阪でお世話になった英会話学校の東京事務所サラリーマンからフリーランスに転身で、翻訳コーディネーターとして働くチャンスを得る。
「法人へ英会話講師を派遣する部門で翻訳コーディネーターの仕事のほか、教務的な業務も行っていました。数多くの翻訳者や、英会話講師と接する機会を得たことで、フリーランスの方々がどのような仕事をして、どうやって仕事を得ているのか、業界全体の仕組みがわかって勉強になりましたね」
この間も、川合さんは通勤時間や退社後の時間を使って働きながら勉強を続行し、イギリス英語の修得に勤しんでいたという。
「BBC放送のポッドキャストでトークショーを聴いたり、『イングリッシュジャーナル』のインタビュー音声を聴いたり、暇さえあればイギリス英語を聴いてシャドーイングしていました」
サラリーマンとして安定した生活を送り、プライベートでもイギリス人女性と結婚。約5年間、会社員として勤務したのち30歳で会社を辞め、フリーランスに転身を果たす。
「まったく迷いはなかったですね。不安よりむしろキャリアを自由に構築できる未来にワクワクする気持ちが強かった」
川合さんの情熱と行動力の源は、一体どこにあるのだろうか。
「イギリス英語を意識する中で、昔から音楽をはじめとするイギリス文化が好きだったことを再確認。仕事を通して触れるイギリスにすっかり魅了され、この魅力をもっと日本の人たちに伝えたいという思いが強くなっていったんです」
イギリス文化の魅力は、どういったところにあるのか聞いてみた。
「これは感覚的なものなので、ひと言では説明できません。ロンドンを見ても歴史と伝統を残しつつ、新たな流行の発信地にもなっている。だからこそイギリス文化を啓蒙する私の活動も、多岐にわたっているのだと思います」
多彩なアプローチでイギリス文化の魅力を発信
川合さんの場合、イギリスへのこだわりが、逆に仕事の幅を広げる結果につながったという。
「最初は英会話講師を派遣している会社に登録し、講師として活動しながら、情報を発信できるメディアへ電話をかけたり、資料を送ったりして売り込みをかけていきました。何でもできますというアピールではなく、〝イギリス英語〟〝イギリス文化〟というフィールドにこだわってアピールしたことにより、それが他者との差別化を図る私の武器になりましたね」
フリーランスとしての活動を支えているのは、こうした地道な売り込みによる営業活動だった。
「今までたくさん売り込みをしてきましたが、返事をもらえるのはせいぜい10社に1社です。その1社も返信が来るだけですぐに仕事をもらえる訳ではありません。それでも存在を認識されれば一歩前進。そうやってつながった細い糸を紡ぎながら、少しずつ仕事の幅を広げていきました。人それぞれではありますが、僕個人としては、まず自分からなんらかのアクションを起こすことを大切にしています」
以後、イギリス英語を駆使して、『イングリッシュジャーナル』におけるUKのミュージシャンや俳優へのインタビューを不定期で担当。英国政府観光庁の公式イベントでは通訳やMCなどを担当することもある。イギリス英語Chapter 1 世界で活躍する日本人通訳者を学ぶ書籍も執筆するなど、多角的なアプローチでイギリス文化の魅力を日本に発信。さらに、2012年のロンドン五輪がキャリアの大きなブレイクスルーに。
「英国政府官公庁さんから声をかけていただき、ロンドン五輪の公認ジャーナリストとして大会を取材しました。自分からメディアに売り込み、スペースアルクのビデオジャーナルで大会関係者のインタビューを動画配信。さらに、東京FMの五輪関係の仕事も請け負いました」
この経験は、川合さんの仕事観に大きな経験を与えたという。
「世界各国から集まったジャーナリストの仕事ぶりを間近で見て、ジャーナリストの在り方を理解することができました。依頼された仕事をこなすだけでなく、自ら伝えたい情報を選んで発信していく。そういう姿勢を持つことで、仕事により自由な発想で取り組めるようになったんです」
日本人が考えているほど英語は難しくない!?
日本とイギリスを比較して考える機会も多いという川合さん。日本で行われている語学学習には、大きな問題があると指摘する。
「日本は、難しい構文や文法なんかを重視しますよね。でもイギリス人との会話で使うのは、だいたい中学校レベルの簡単な文法が中心です。日本の英語教育は、英語を変に難しくしている。語学を勉強している人も難しい教材を選びがち。大切なのは自分の語学レベルに合った教材で学習すること。難しい教材で勉強したって苦しいだけで、やる気も続かないですよ」
語学学習に取り組む姿勢についてもアドバイスをもらった。
「語学は修得することが目的になってはいけません。語学は話すこと、使うことが目的。語学を使って自分が何をしたいのか、常に意識して学習することが大切です。私はリスニング中心の学習スタイルでしたが、英語を学ぶこと以上に、イギリス人の話を聴いていろいろな情報を知ることが楽しかった。内容に興味があるからこそ、無意識で集中する。集中するからこそ、頭に残り、体の一部になったと自覚しています。学習という意識は薄かったですね」
最後に通訳者・翻訳者を目指す人たちにメッセージをもらった。
「仕事も人生も大切なのは人と人のつながりだと思っています。仕事では、自分にチャンスをくれた人に対して、期待以上の結果で応えたいという思いがモチベーションになる。語学は世界中の人たちとつながることができる最高のツールではないでしょうか。語学を学ぶということは、人生を豊かにする可能性がグンと高まると思います。通訳者でも翻訳者でも、何か目指すものがある場合、自分で自分自身を信じて応援することが大切だと思っています」
取材・文/谷口洋一 写真/三浦義昭
この記事は「通訳・翻訳キャリアガイド2017」に掲載されたものです。