G・カズオ・ペニャさん
G・カズオ・ペニャさんは日英・英日の翻訳のほか、テレビ番組やウェブマガジンなど、さまざまな分野に活動の場を広げている。アメリカで育ち、現在は日本で活躍するカズオさんのキャリアと、仕事に対する想いを語ってもらった。
作品や文化、言語と向き合い愛情をもって翻訳する
作家の過去の作品や歴史的・文化的背景を分析
翻訳者をはじめ、通訳者やテレビコメンテーター、ウェブマガジンのディレクターなど多彩な顔をもつG・カズオ・ペニャさん。翻訳の仕事を始めたのは、大学卒業後のことだった。
「アメリカの大学を卒業して日本に来てから、まずリクルートスーツを着て〝就活〟をしました。大学で勉強したアジア人文学や日本文学を生かせる道を探りつつ、さまざまな会社を受けていたものの、何をやりたいのか、まだ決まっていませんでした」
就職活動と並行して英会話教室などでアルバイトをしていたところ、その伝手で翻訳の仕事が回ってくるように。日本の音楽雑誌を英訳したり、英会話教室で使う教材を作ったりしていたが、苦労することも多かった。
「翻訳の技術をどこかで学んだわけではなく、自分の言語感覚に頼りつつ翻訳をしていたので、『なぜこういう翻訳になるの?』と聞かれても、どう説明していいかわからない。そこで改めて、日本語と英語の文法を学び直しました」
カズオさんは書店に行き、中学英語や英語文法の書籍を端から端まで読み漁ったという。さらに、担当する翻訳の内容にも難しさがあった。
「僕が翻訳をするのは、どちらかというと文化的な内容です。そのため執筆者のスタイルが反映されているものや、特殊な英語の使い方をしているものが多く、法律や経済、技術などに関する文書のように、必ずしも決まった翻訳があるわけではない。いかようにも捉えられる内容を、どう他言語で伝えるかが大きな課題でした」
そこで、作品の歴史的・文化的背景や執筆者自身の過去の作品を分析しながら翻訳を進めることに。そうした作業を通して日本語に対する理解が深まり、日本語を言語として楽しめるようになったことが喜びのひとつだと語る。
また、カズオさんは日英翻訳も英日翻訳も行うが、両者は全く違うという。
「日本語には丁寧語や謙譲語があるうえ、思っていることをはっきり言わなかったり、誰について話しているのか明確でなかったりします。僕にとって日本語は英語より深みがあって難しいぶん、確認作業が圧倒的に増えますね」
さらに、カズオさんは通訳に携わることもあるが、通訳は考える余裕がなく、一発勝負。翻訳は時間をかけて作品や文章と向き合えるので、翻訳のほうが自身の性格や仕事の進め方に合っていると語る。
コメンテーターやインタビュアーの仕事とは
テレビコメンテーターとしても活躍するカズオさん。NHK Eテレの語学番組『世界へ発信! SNS英語術』では、ネイティブスピーカーの立場から文化的背景などを解説していた。
「個人的には旬の英語を説明したかったのですが、番組が求めているのは〝日本人のためになるもの〟。そのため僕個人の翻訳の仕事とは気持ちを切り替える必要がありました」
同番組では海外の俳優や映画監督といった著名人のインタビューも担当。語学番組として、きちんとした英語のやりとりを経験できたことがうれしく、彼らがスクリーンの中ではなく、日常で使っている英語を引き出そうとする点がおもしろかったという。しかしその一方で、反省することもあった。
「番組の方針として、毎回〝好きなことわざ〟を聞くことになっていました。『世界的に成功した人には〝好きなことわざ〟があるはず』という考えは日本人らしいのですが、いきなり聞いても、相手からは何も出てこない。今思えば、もう少し工夫できた気がします」
また、毎回一枚の浮世絵に迫るNHKワールドの番組『浮世絵EDOLIFE』では、台本の英訳やチェックなどを担当。江戸文化の洒落た表現や言葉遊びを、いかに英語で伝えるかを考える中で、日本語にぴったりの英語表現を見つけたときは感動したと話す。
「例えば、東洲斎写楽の『三世大谷鬼次の奴江戸兵衛』を取り上げた際、歌舞伎の脇役専門の俳優、大谷鬼次に関する説明で思い出したフレーズが〝There are no small parts, only small actors〟(小さな役柄というものは存在せず、小さな俳優がいるだけ)でした。『小さな役でも、役者の器や演じ方によって作品の目玉になる、つまり、その人の器が問われる』という意味ですが、これは俳優業界で使われる表現。このように他言語で同じ内容を示す慣用句など、さまざまな発見があったので、それらを書き留めて、今後も生かしていこうと思います」
また、日英翻訳でも英日翻訳でも、その情景や文化的背景が浮かんでくるような文章を目指すべきだと、カズオさんは考える。それは雑誌や書籍のほか、テレビやウェブサイト、それこそ簡単なSNSの投稿を翻訳する場合にも必要だと語る。
日本の文化的な複雑さをウェブサイトで深掘り
カズオさんは、バイリンガル・ウェブ・マガジン『DIG TOKYO』のディレクターでもある。アメリカで育った者として、掘っても掘り切れない日本の文化的な深さや複雑さ、そしてその中にある普遍的なものを、この媒体を通して伝えていきたいとの想いを抱く。
「日本でまず驚いたのは、何でも検定を作るところ。〝ロック検定〟など、『それって、そもそもロックなの?』と思うようなものまで作ってしまうメンタリティが、深いと感じました」
また、音楽においても、アメリカでは「黒人音楽/白人音楽」という大きな区別があるが、日本では区別がなく、世界の音楽が一カ所で手に入る。アメリカ人のように偏見をもたず、日本人は単純に「愛しているから」という理由で深掘ることが発見だったという。
もう一つ驚いたのが、日本人の食べ物に対するこだわりだ。
「日本は無宗教と言われますが、『食文化が宗教なのでは?』と思うくらい、食事に対する探求心が強い。食をテーマにしたテレビ番組が桁違いに多いなど、メイン・カルチャーとして食文化の意識が共有されている国は、世界でも珍しいと思います」
こうした多様な活動において、カズオさんには目指していることがある。
「日本に関する英語圏のメディアには、どこか西洋人の視点があり、反対に、日本人のメディアには日本人の視点がある。翻訳でもウェブサイトでも、その両方を融合した視点や、俯瞰した視点を目指していきたいです」
さらに、〝愛情〟も大切だと話す。
「締め切りがあって急いでいたり、切羽詰まっていたりしても、その作品や文章、言語に対する愛情を忘れてはいけないと思います。経験を積むほど、翻訳そのものにかける時間より、リサーチにかける時間が多くなる。リサーチとは、その作品や文化、言語と向き合い、愛情をもつこと。愛情が溢れすぎてもいけませんが、AIなどの翻訳技術が発達する中、愛情こそが人間と機械を区別できる点だと思います。切羽詰まったときほど、リサーチの段階で学んだことや苦労したことを思い出し、再び翻訳と向き合うことが大切。そこは汗をかかないと……と、僕自身も翻訳をするたびに思い知らされます」
取材・文/籔智子