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    越前先生の「この英語、訳せない!」

【連載コラム 第41回】
越前先生の「この英語、訳せない!」

ビシッと決まる訳語の裏には翻訳家の人知れぬ苦労があります。
名翻訳家の仕事と思考のプロセスを追体験できる、珠玉の翻訳エッセイ。

いつの間にか2階が3階に?

ビルなどの階の数え方がアメリカとイギリスでちがうことは、おそらくご存じでしょう。アメリカでは日本と同じように、地面にある階を1階と呼び、ひとつあがることに2階、3階、……と言いますが、イギリスや旧イギリス領の国々では、地面にある階がground floorで、その1階上(日本で言う2階)が first floor、その上(日本で言う3階)がsecond floorというように、1階ずつずれていきます。
 
ただし、地下になると、英米ともに地下1階は first basement、地下2階はsecond basement。また、アメリカでも1階をground floorと呼ぶことがありますが、その場合も2階はsecond floorであり、アメリカ式の数え方で通すのがふつうです。
 
しかし、翻訳の仕事をしていると、ごく短い文章など、舞台がどこかわからない英文を訳さなくてはいけない場合もあります。そういうときは、どこかにイギリス式のスペルの単語(realise、theatreなど)や、イギリス特有の表現がないかを探してみます。ある参考書に載った大学入試問題の訳例を読んでいたとき、アメリカ・日本式の数え方で階数が書かれていましたが、その数行前の原文にliftという単語が見つかりました。liftはエレベーターをイギリス式に言ったことばですから、ここはイギリス式の数え方をすべきところです。たとえば、そんなことも手がかりになります。
 
以前、イギリス在住のオーストラリア人作家がアメリカを舞台にして書いた小説を訳したことがあります。作品の前半にはground floorやそのすぐ上の first floorが出てきましたが、後半になると、どう見ても同じ建物の2階である場所がsecond floorと書かれていました。これは書き手自身が途中で混乱したか、ルールを忘れてしまったか、どちらかだと思います。もちろん、作者のちょっとしたミスをさりげなくカバーするのも、翻訳者の仕事の一部ですから、そのときは first floorもsecond floorも「2階」と訳しました。

 

越前敏弥(えちぜん としや): :文芸翻訳者。1961年、石川県金沢市生まれ。東京大学文学部国文科卒。訳書『オリジン』『ダ・ヴィンチ・コード』『Yの悲劇』(KADOKAWA)、など多数。著書に『この英語、訳せない!』『「英語が読める」の9割は誤読』(ジャパンタイムズ出版)、『日本人なら必ず誤訳する英文・決定版』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)などがある。

 

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