【連載コラム 第33回】
越前先生の「この英語、訳せない!」
ビシッと決まる訳語の裏には翻訳家の人知れぬ苦労があります。
名翻訳家の仕事と思考のプロセスを追体験できる、珠玉の翻訳エッセイ。
日本の高1は10年生
学校制度は国によって、そして地域によって微妙に異なります。アメリカをとってみると、州によってかなりちがいますが、義務教育が12年間、小・中・高にあたる年数が「5・3・4制」(日本は義務教育が9年間で「6・3・3制」)、新しい学年は秋からはじまる、というケースがいちばん多いでしょう。学年は日本の「中1」「高2」のような言い方をせず、tenth gradeのように合計年数で呼ぶのがふつうで、州によって区分が異なる可能性もあるので、訳すときはそのまま「10年生」とするのが安全です。
英米の相違として、よく知られているのがpublic schoolの意味です。アメリカでは公立学校のことですが、イギリスでは全寮制の名門私立校を指し、 公立の中高にあたるのはgrammar schoolやcomprehensive schoolです(ただし、完全に一致するわけではありません)。
アメリカで、イギリスのpublic schoolとほぼ同義なのはprep(またはpreparatory)school。これはboarding school(寄宿学校)のうち、有名大学をめざす名門校のことです。かつてダン・ブラウンが在籍していたニューハンプシャー州のPhillips Exeter Academyがその好例で、卒業生には、何人かの大統領のほか、Facebookの設立者マーク・ザッカーバーグや作家のジョン・アーヴィングなど、錚々たる面々がいます。prep schoolというと、日本の「予備校」を想像しそうですが、予備校にあたる英語はcram(cramming)schoolです。
英米ともに、高校卒業後、仮に大学に合格していても、自分の意志で入学を遅らせて、旅をしたり社会経験を積んだりする人がかなりいて、その年のことをgap yearと言います。日本の「浪人」とは微妙にニュアンスが異なるので、日本語にするときは「ギャップイヤー」のままがいいでしょう。
高等教育では、collegeということばが状況によって意味が変わるため、要注意です。これはuniversity(総合大学)に対する単科大学のこともあれば、大学の一部である「学部」や「学寮」を指すこともあります。また、仮に universityに所属していても、大学にかようことはgo to collegeと言うのがふつうなので、即断はできません。
もうひとつ、よく勘ちがいされるのが、law schoolやmedical schoolの位置づけです。日本でも最近は法科大学院の制度ができたので、誤解が少なくなってきましたが、law schoolやmedical schoolは大学の学部(undergraduate)の全課程を修了したあとでかよう「大学院」にあたるので、「法学部」「医学部」という訳語をあてるのはお勧めしません。カタカナにするか、「法学校」「医学校」のほうがよいでしょう。

越前敏弥(えちぜん としや): :文芸翻訳者。1961年、石川県金沢市生まれ。東京大学文学部国文科卒。訳書『オリジン』『ダ・ヴィンチ・コード』『Yの悲劇』(KADOKAWA)、など多数。著書に『この英語、訳せない!』『「英語が読める」の9割は誤読』(ジャパンタイムズ出版)、『日本人なら必ず誤訳する英文・決定版』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)などがある。

