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    越前先生の「この英語、訳せない!」

【連載コラム 第1回】
越前先生の「この英語、訳せない!」

ビシッと決まる訳語の裏には翻訳家の人知れぬ苦労があります。
名翻訳家の仕事と思考のプロセスを追体験できる、珠玉の翻訳エッセイ。

”head”は「頭」? 「顔」? 「首」?

越前敏弥(えちぜん としや)
越前敏弥(えちぜん としや):文芸翻訳者。1961年、石川県金沢市生まれ。東京大学文学部国文科卒。訳書『オリジン』『ダ・ヴィンチ・コード』『Yの悲劇』(KADOKAWA)、など多数。著書に『この英語、訳せない!』『「英語が読める」の9割は誤読』(ジャパンタイムズ出版)、『日本人なら必ず誤訳する英文・決定版』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)などがある。

headというのはなかなか厄介な単語です。「代表者」などいろいろな意味があるのはもちろんですが、体の一部分と限定したとしても、「head=頭」とはとうてい言いきれません。

Longman Dictionary of Contemporary Englishには、headの意味として“the top part of your body that has your face at the front and is supported by your neck”とあります。つまり、顔も含めた、首から上の部分ということですね。日本語の「頭」はたいがい額より上の部分を指しますが、英語ではその意味でheadを使うことは少なく、むしろその場合はhairなどと言うことのほうが多いようです。英語のheadに該当する日本語は「頭部」ですが、これはやや堅苦しいことばなので、状況によっては、いっそのこと「顔」と訳したほうが適切です。また、「生首」ということばが頭部全体とほぼ同じ意味であることからわかるように、「首」という訳語を用いるのもひとつの手です。

以前、ある小説に“The man’s head was gray and red.”という文があり、翻訳のクラスで「赤毛に白髪が交じっている」と訳してきた生徒がいました。ちょっと変わった言い方なので、このheadを髪だと思いこんでしまったようですが、やはりその意味ならhairと書いてあるはずです。ここでは、gray and redなのは額より上ではなく、首から上、つまり髪と顔を合わせた全体であり、それが灰色と赤から成り立っている、というまわりくどい言い方をしているのです。平たく言えば、白髪と赤ら顔ということですが、このまわりくどさを生かすためにわたしはあえて「頭と顔では、灰色と赤が幅を利かせている」と訳しました。翻訳では、わかりやすくしすぎるのも原著者の意図を損なうことになるからです。

少し話がずれますが、コインの表と裏を考えるとき、それぞれにあたる英語はheadsとtailsです。この場合もheadは「てっぺん」ではなく「上半分」と解釈するのが自然ですね。

headだけでなく、体の部分を表すことばは日本語の表現とぴったり対応しないものが多いので、注意が必要です。backは「背中から腰にかけての部分」、hipは「腰骨の横、またはそこから脚の付け根にかけての部分」、lapは「膝から太腿前面にかけての部分」を表すことばなので、それぞれ「背中」「尻」「膝」とは訳せない場合がよくあります。

* 本コラムは『この英語、訳せない!』(ジャパンタイムズ出版刊)から抜粋して掲載しています。

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