【連載コラム 第38回】辛酸なめ子の英語寄り道、回り道
音楽業界の裏側を、歌手本人主演で描く挑戦的映画

イギリス出身の人気の歌手、チャーリーXCXの存在を知ったのは2018年頃。テイラー・スウィフトの「Reputation Stadium Tour」でオープニングアクトをつとめていて、曲もPOPでおしゃれな感じだった記憶があります。そのとき、テイラーの前座ができて光栄だとか言っていたチャーリーXCXでしたが、メジャーなものに対する反骨精神があるのか、2024年に「Sympathy Is a Knife」という曲でテイラーに対する複雑な思いを吐露。「ある女性が私の不安感を刺激する」「私の彼氏のライブのバックステージで彼女に会いたくない」などという歌詞でテイラーをディスったと言われています。それに対しテイラーは、表面上ではチャーリーXCXの才能を褒め称えながら「Actually Romantic」という曲で反撃。「コカインで強気になった時、私のことを『つまらないバービー』と呼んだね」「私に費やした時間と努力は正直に言ってすごい」「実はロマンティック」と皮肉を込めて歌っていました。まだそこまでブレイクしていなかったチャーリーXCXをオープニングアクトに起用して、引き上げるのに貢献したというのに、何年後かに攻撃されるとはテイラーも思っていなかったことでしょう。チャーリーXCXも、常にトップに君臨しているテイラーに対し、積年の思いがたまっていたのか……生き馬の目を抜くようなアメリカの音楽業界の怖さを実感させられる一件でした。

そんな業界の裏も表も知っていそうなチャーリーXCXが、ショウビズ世界のハードな現実について描いた映画に出るという興味深い情報が入ってきました。これはおもしろくならないはずはない、と期待が高まっていたところ、試写を観る機会に恵まれました。 6月5日から公開される『the moment/ザ・モーメント』は、チャーリーXCXが発案し自らが自分役で主演、映画スタジオ、A24が制作しています。モキュメンタリー形式ですが、ストーリーは現実ともリンクしています。
2024年、アルバム『BRAT(ブラット)』の大ブレイクで社会現象を巻き起こし、時代の寵児となったチャーリーXCX。周りの業界人は、彼女のアルバムの人気をなんとか引き伸ばしたい、という思いでさまざまな企画やプロモーションをしかけていきます。もともとコアなファン向けに活動していたチャーリーXCXは、急なメジャー路線についていけません。音楽レーベルが雇った監督のせいでライブの演出が変な方向に進んでいき、ストレスとプレッシャーに押し潰されそうになってしまいます。コンサート直前に現実逃避でイビサ島にバカンスに行ってしまい、現場はさらに混乱していく、というストーリー展開です。『BRAT』がバズったというのはリアルで、そのあとの展開は本人の当時の体験を参考にしながらストーリーを創作したようですが、モキュメンタリーの撮り方が巧みで、しばらくリアルなドキュメンタリーだと錯覚していました。
チャーリーXCXを見る限り、ブレイクして世界的に有名になったら人生が安泰というわけでありません。SNSやネットがある今、スターは雲の上の存在であり続けられないのです。ファンに失礼なことを言われたり、不注意な投稿で炎上したり、フォロワー数や再生回数に一喜一憂したり……。チャーリーXCXは、周囲からプレッシャーをかけられ、人気を保とうとして次第に自分を見失っていきます。彼女は自虐的に自分を演じていて、スターでこれができる人はなかなかいません。そういう意味ではテイラー・スウィフトには到達できない境地にいるようです。
この映画の中でのチャーリーXCXは、様々な試練に見舞われます。過密スケジュールで疲れているのに移動中ZOOM会議をさせられ、うさんくさい監督が参加したことでライブの演出がダサい方向に行ってしまったり、もともと演出予定だったクリエイターの友人との関係もおかしくなって現場の空気が悪くなったり……。
「もう勘弁して! 全然わかんない、みんないろいろ聞いてくるし!」とついに限界に達したチャーリーXCX。ライブ直前にイビサ島にバカンスに行ってしまいます。高級スパで数々のセレブを施術してきたスピリチュアルなヒーラー、マリアのセッションを受けることに。そこで彼女に、体によどんなエネルギーがあるとか、ひどい状態だとか、今のままだと全て干からびるとか、散々なことを言われます。セレブにもこうやってあやしい人や洗脳しようとしてくる人が次々近づいてくるので油断できません。「その意見には同意しかねます」と率直な意見を言ったら、マリアは「あなたの施術はできません」と立ち去ってしまいました。「Great」と、チャーリーXCX。その後、マリアに処方された高い化粧品を買わされる羽目に。
すっぴんで憔悴した彼女の前に現れたのは、セレブの中でもトップの存在、ビリオネアのリアリティスター、カイリー・ジェンナーでした。イビサ島のこのスパの常連という彼女はバスローブ姿でも完璧な美しさでした。どこにいても学年の女王のような存在感です。カイリー・ジェンナーを前にすると、チャーリーXCXほどのセレブでも緊張しそうです。
カイリー・ジェンナーは「あなたレベルアップしてすごいよ」とチャーリーXCXをほめてくれました。ブレイクしたもののなんとか人気が落ちないようにもがいているチャーリーXCXの状況を把握しているのか、カイリーはこんなアドバイスを放っていました。
「The second you think people are getting sick of you, that’s when you have to go even harder. If you’re going to do it, you have to like, do it. You could totally be like one of the best ever,」
「周りの人たちに飽きられたと感じたときこそ、もっと努力するの。やるなら徹底的にがんばらなきゃ。そうすれば、まちがいなくトップの1人になれるでしょう」
トップオブセレブのありがたいアドバイス。セレブの処世術を表す名言として、ずっと心に留めておきたい言葉です。
カイリー・ジェンナーに「Right?」(わかった?)と言われてチャーリーXCXは「Right. Right」と繰り返すことしかできず、すっかり感化されたようでした。そして結局また自分を見失ってしまい、さまざまなトラブルを引き寄せることに……。
それにしてもこんな一瞬の出演で、しかも映画初出演で、鮮烈な印象を残したカイリー・ジェンナーはすごいです。このセリフ通り、実は飽きられないように陰で努力しているのかもしれませんが……。
映画の中のチャーリーXCXはブレブレで迷っていましたが、現実のチャーリーXCXは常に自分を客観視していてブレていません。センスも良く、常にクールな存在感。ファンに飽きられないコツも熟知していそうです。だからこそこのような映画を作れたのでしょう。24年にブレイクしたアルバムも、映画の効果で再び脚光を浴びそうで、リアルなチャーリーXCXは万事に抜かりないです。


