【連載コラム 第3回】
越前先生の「この英語、訳せない!」
ビシッと決まる訳語の裏には翻訳家の人知れぬ苦労があります。
名翻訳家の仕事と思考のプロセスを追体験できる、珠玉の翻訳エッセイ。
dark, fair 美男の条件、darkとは?
いわゆる美男の3条件として、“tall, dark, handsome”というのが決まり文句とされています。tallとhandsomeは問題ないとして、darkの意味は正確になんなのか、わかりにくいですね。もちろん「邪悪」「陰鬱」などはここでは論外ですが、体の特徴を表すとしても、「髪が黒っぽい」「目が黒っぽい」「肌が黒っぽい」の3種類が考えられます。3つのどれだと考えるべきなのでしょうか。
それについてネイティブスピーカーに質問すると、だいたい返ってくる答は同じで、「髪が黒っぽいやつは目も肌も黒っぽいのがふつうだから、どれだっていい。全部まとめてだよ」というものです。たしかにそれはそうですね。
もうひとつ言えるのは、現実にはこの“tall, dark, handsome”が「金髪、色白」の美男について使われる場合もよくあるということです。となると、つまるところ、ただの決まり文句にすぎないと結論づけることもできます。
ただ、それでもあえて3つのどれなのかを決めるとしたら、dark単独の場合は髪である可能性が最も高いと思います。というのも、ほかのふたつについては、dark-eyedやdark-skinnedという言い方が非常によく使われるのに対し、dark-hairedはかなり少なく、それはdarkだけで事足りている例が多いからだと推測できるからです(試しに、それぞれの語の検索ヒット数などを調べてみてください)。
このdarkの反対語は、lightではなくfairでしょう。目には用いませんが、髪と肌についてはよく使われ、白い肌と金髪の両方を表します。正直なところ、それらをfairと呼ぶことは差別的表現ではないかという気もするのですが、調べてみても、いまのところこれを排除しようとする動きはないようです。とはいえ、日本で「肌色」という言い方が徐々に消えて「薄だいだい色」「ベージュ」「ペールオレンジ」などに変わりつつあるように、いずれこの意味のfairも使われなくなるかもしれません。もともと白人の肌の色を表すのに使われていたnude colorということばは、いまは「それぞれの人種特有の肌の色」という意味に変わりつつあります。
* 本コラムは『この英語、訳せない!』(ジャパンタイムズ出版刊)から抜粋して掲載しています。
越前敏弥先生の本