英字新聞のジャパンタイムズがお届けする
通訳・翻訳業界の総合ガイド

  1. トップ
  2. コラム
  3. 【連載コラム 第4回】
    越前先生の「この英語、訳せない!」

【連載コラム 第4回】
越前先生の「この英語、訳せない!」

ビシッと決まる訳語の裏には翻訳家の人知れぬ苦労があります。
名翻訳家の仕事と思考のプロセスを追体験できる、珠玉の翻訳エッセイ。

mop hair ― ジャスティンもトランプもモップヘア?

 ダン・ブラウンの『オリジン』(角川文庫)には、カーシュという若き天才科学者が登場します。はじめて現れたとき、カーシュはコンピューターが大好きなハーヴァード大学の学生で、原文にはa mophaired computer geekと書かれています(「an unruly mop of black hairの持ち主」と描写されている個所もあります)。では、これはどんな髪型なのでしょうか。

 この手のことばを調べるときには、オンラインのいろいろな俗語辞典が役に立ちます。そのうちのひとつ、Urban Dictionary.comには、mop hairの説明として、“A person who looks like they haven’t had a haircut since they were born. Otherwise known as a Shaggy.”とありました。「生まれてからずっと切っていないような」だけでは、さまざまな髪型が考えられますが、shaggy hairだとしたら、くしゃくしゃ、もじゃもじゃ、ぼさぼさ、むさ苦しい、あたりでしょう。

 ネットでmop hairを画像検索すると、もちろんそういった乱れた髪もたくさん出てきますが、そのほかに、文字どおりモップが頭に載ったような髪型や、かつてのビートルズの髪型、10代半ばくらいまでのジャスティン・ビーバーの髪型など、さまざまな例が見られます。ビートルズの髪型は、日本ではよくマッシュルームカットと呼ばれますが、英語圏ではむしろmop topと呼ぶほうが優勢のようです。

 画像検索ではさらに、いわゆるドレッドヘアや、トランプ大統領、「爆毛赤ちゃん」としてインスタグラムで有名になった日本の女の子までもがヒットします。どの画像が最もイメージに近いのか自信がなかったので、年齢・国籍・性別が異なるネイティブスピーカー10人ぐらいに尋ねてみたところ、それぞれの思い描くmop hairとして指で示してくれた画像は、みごとなくらいばらばらで、まったく絞りこめませんでした。結局、これはそのまま「モップのような髪」として、読者の想像にまかせるのがいちばんだと判断し、『オリジン』でもそのように訳しています。

* 本コラムは『この英語、訳せない!』(ジャパンタイムズ出版刊)から抜粋して掲載しています。

 

越前敏弥(えちぜん としや):文芸翻訳者。1961年、石川県金沢市生まれ。東京大学文学部国文科卒。訳書『オリジン』『ダ・ヴィンチ・コード』『Yの悲劇』(KADOKAWA)、など多数。著書に『この英語、訳せない!』『「英語が読める」の9割は誤読』(ジャパンタイムズ出版)、『日本人なら必ず誤訳する英文・決定版』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)などがある。


≪前の記事へ   次の記事へ≫

コラム一覧

こちらもどうぞ

自分の目標、自分のなりたい姿に合わせてスクールを選ぼう。