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    越前先生の「この英語、訳せない!」

【連載コラム 第11回】
越前先生の「この英語、訳せない!」

ビシッと決まる訳語の裏には翻訳家の人知れぬ苦労があります。
名翻訳家の仕事と思考のプロセスを追体験できる、珠玉の翻訳エッセイ。

discipline ― 「みずからを律する」が基本概念

 disciplineは「訓練」という訳語で覚えることが多いことばですが、実際は、それよりも組織などによるきびしい戒律や、逆にみずからを律することを言い表す場合が多い気がします。しかし、文脈によ って具体的に意味するものやきびしさの程度が異なり、なかなか訳しづらい単語です。ここでは、名訳者と呼ばれる人たちの訳書から、3つの例を紹介しましょう。

(前略)he also doesn’t have the discipline to stay inside and really hide like he should.
 部屋の中に引きこもって、一歩も外へ出なけりゃいいんだが、ニール(=he)はそんな自制心を持ち合わせちゃいない。
 (『ストリート・キッズ』ドン・ウィンズロウ、東江一紀訳、創元推理文庫)

 School is shortened, discipline relaxed, philosophies, histories, languages dropped,(後略)
 就学年限は短くなり、規律はゆるみ、哲学、歴史、外国語は捨てられ、
 (『華氏451度』レイ・ブラッドベリ、伊藤典夫訳、ハヤカワSF文庫)

 They had to work out his intelligence and sense of discipline,(後略)
 [教師たちは] 新入りの(=his)知能と生活態度はどのようなものかを探り、
 (『終わりの感覚』ジュリアン・バーンズ、土屋政雄訳、新潮クレストブックス)

 また、「学科」や「学問分野」という意味で使われる場合もあり、その場合は可算名詞です。上に並べたような意味からだいぶ離れる気もしますが、学問にもまたきびしいルールがあり、訓練を要しま す。よく似た単語discipleが弟子という意味であること、もともとはキリストの十二使徒を指していたことを考えれば、しっかり通底しているのがわかるでしょう。

 

越前敏弥(えちぜん としや):文芸翻訳者。1961年、石川県金沢市生まれ。東京大学文学部国文科卒。訳書『オリジン』『ダ・ヴィンチ・コード』『Yの悲劇』(KADOKAWA)、など多数。著書に『この英語、訳せない!』『「英語が読める」の9割は誤読』(ジャパンタイムズ出版)、『日本人なら必ず誤訳する英文・決定版』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)などがある。

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