【連載コラム 第14回】
越前先生の「この英語、訳せない!」
ビシッと決まる訳語の裏には翻訳家の人知れぬ苦労があります。
名翻訳家の仕事と思考のプロセスを追体験できる、珠玉の翻訳エッセイ。
text ―いつの間にか動詞に?
『ニック・メイソンの第二の人生』(スティーヴ・ハミルトン、角川文庫)を訳していたとき、こんな文が出てきました。
He felt his cell phone buzzing in his pocket.(中略)Sandoval texted back a reply.
主人公メイソンのポケットのなかで携帯電話が震え、画面を見たらサンドヴァルという男から返事が来ていたという場面です。問題はこのtexted。最近はtextをこのように動詞としてよく使うのですが、これはどう訳せばいいでしょうか。
翻訳のクラスでこれを尋ねると、比較的年齢が高い層の人たちはほとんどが「メールを送ってきた」と答えますが、これはメールではなく、いわゆるテキストメッセージだとほぼ断定できます。メールの場合は“He e-mailed me.”のように言うのがふつうですし、(西洋人はあまり使っていませんが)LINEなら“He Lined me.”、WhatsAppなら“He Whatsapped me.”でしょう。日本語の「メールする」「ラインする」と同じ感覚ですね。もちろん、「ググる」はgoogleで、たいてい小文字ではじまります。textの場合は、いわゆるSMS/MMSのメッセージのときと、LINEやWhatsAppなどのアプリを使うときの両方が考えられるので、わたしはたいがい「メッセージを送る」と訳します。
WhatsAppは、日本ではあまりなじみがありませんが、世界的には非常に有名なツールで、わたしの知り合いの西洋人はほぼ全員が使っています。もちろん、この名前は“What’s up?”(「元気?」)とapp(英語では、applicationの略である「アプリ」を、appliではなくappと呼びます)を組み合わせたものです。
話は少しそれますが、日本ですっかり定着した「メールマガジン」や「メルマガ」は完全な和製英語で、mail magazineと言われたらネイティブスピーカーは郵便ポストに届く紙の雑誌を想像するでしょう。「メールマガジン」に相当する英語はe-mail newsletter やe-zineなどで、「電子」を表すe-がないと、意味が通りません。
越前敏弥先生の本