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    越前先生の「この英語、訳せない!」

【連載コラム 第17回】
越前先生の「この英語、訳せない!」

ビシッと決まる訳語の裏には翻訳家の人知れぬ苦労があります。
名翻訳家の仕事と思考のプロセスを追体験できる、珠玉の翻訳エッセイ。

insight ― 「洞察」では硬すぎる

 insightの代表的な訳語は「洞察」ですが、あまり日本語の文章にはなじまない訳語です。最もよく使われる形は、おそらくgain(またはgive)an insightでしょうが、「洞察を得る」も「洞察を与える」も、なんだか不自然な日本語で、いかにも「insightを訳しました!」という響きがあります。そもそも、洞察ということばを使うこと自体が、ふだんからほとんどない気がします。

 辞書にあるほかの訳語は「見識」「考察」「推断」などで、それなりに使える場合もありますが、もっとやさしいことばがうまくいくことも多いです。オンライン辞書サイト「DictJuggler.net辞遊人」の「翻訳訳語辞典」には、既成の辞書に載っていない訳語や用例が過去のさまざまな訳書から集められています。insightについては「ひらめき」や「知識」や「感覚」、さらにはhave a sudden insightを「はっとする」と訳した用例などが載っていて、大変参考になりました。

 わたし自身は、give me an insightを「とてもよくわかる」と訳したことがあります。inもsightも特にむずかしいことばではないのですから、やさしい表現を使うに越したことはありません。

 わたしの訳書から、ほかの例をいくつか紹介します。

 it seeks to order chaos and gain insight into life
 混乱を秩序へ変え、人生についての 深い知恵を与えてくれる  (『ストーリー』)

 to gain insight into how this news will be received
 はたしてこれをどう受け止めるのか、 参考にしたい

 Your insights during our last conversation helped make this night possible.
 最後に会ったときのあなたの 意見のおかげで、この夜の集いが実現したのですから。 (以上ふたつ、『オリジン』)

 

越前敏弥(えちぜん としや) :文芸翻訳者。1961年、石川県金沢市生まれ。東京大学文学部国文科卒。訳書『オリジン』『ダ・ヴィンチ・コード』『Yの悲劇』(KADOKAWA)、など多数。著書に『この英語、訳せない!』『「英語が読める」の9割は誤読』(ジャパンタイムズ出版)、『日本人なら必ず誤訳する英文・決定版』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)などがある。


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