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    越前先生の「この英語、訳せない!」

【連載コラム 第19回】
越前先生の「この英語、訳せない!」

ビシッと決まる訳語の裏には翻訳家の人知れぬ苦労があります。
名翻訳家の仕事と思考のプロセスを追体験できる、珠玉の翻訳エッセイ。

arguably ― 正か誤か、まぎらわしい

 arguableを辞書で引くと、「論証できる」「議論の余地がある」「疑わしい」などの訳語が並んでいることが多いのですが、これらの訳語をながめていると、結局正しいのかまちがっているのか、どちらなのかわからなくなります。

一方、副詞のarguablyは、多くの辞書に「ほぼまちがいなく」「疑問の余地があるものの」などとあり、大筋では正しいほうに傾いている印象を受けます。この微妙なちがいについて、どう考えればいいのでしょうか。

自分の感覚では、arguableに「疑わしい」という訳語を単独であてるのは、ちょっと強すぎる気がします。たとえば、ほかの辞書よりくわしい語義が出ていることが多いOxford English Dictionaryには“capable of being argued, open to argument”という説明しかありません。

わたしが見たなかでいちばん納得できたのは、『ウィズダム英和辞典』(三省堂、第4版)にある説明で、it is arguable whether~のときは「~かどうかは異論がある」、it is arguable that~のときは「~ということは論証できる」というものでした。whetherの場合は正か誤かを判定しきれないので、文脈しだいでは「疑わしい」という訳語も使いうるわけです。また、arguablyについてはit is arguable that~の意味合いがそのまま残ると考えていいでしょう。ひとつだけ、こんな処理の仕方もあるという例を、わたしの訳書からあげておきます。

is epic masterpiece of gods, heroes and men is arguably the most extraordinary achievement in the history of opera.
神々や英雄や人間たちが登場するこの壮大な叙事詩は、オペラ史上最高傑作と呼ぶべきものである。

(『世界物語大事典』ローラ・ミラー編、三省堂)

注意しなくてはいけないのは、inarguableになると「議論の余地がない」「明白な」など、強い肯定になるので、inがついても正反対の意味になるわけではない、ということです(inarguablyについても同じ)。
これに似た例としては、valuable(貴重な)とinvaluable(計り知れないほど貴重な)、famous(有名な)とinfamous(悪名高い)などがありますね。

 

越前敏弥(えちぜん としや) :文芸翻訳者。1961年、石川県金沢市生まれ。東京大学文学部国文科卒。訳書『オリジン』『ダ・ヴィンチ・コード』『Yの悲劇』(KADOKAWA)、など多数。著書に『この英語、訳せない!』『「英語が読める」の9割は誤読』(ジャパンタイムズ出版)、『日本人なら必ず誤訳する英文・決定版』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)などがある。

 

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