【連載コラム 第22回】
越前先生の「この英語、訳せない!」
ビシッと決まる訳語の裏には翻訳家の人知れぬ苦労があります。
名翻訳家の仕事と思考のプロセスを追体験できる、珠玉の翻訳エッセイ。
hopefully ー 教養の有無がわかる?
英和辞典でhopefullyを引くと、たいがいふたつの意味と用法が載っています。
第1は“We waited hopefully for him to come.”のように、「期待をこめて」「希望に満ちて」などと訳せるケースです。この場合、hopefullyは「語修飾副詞」と言って、おもに動詞を(ときに形容詞や副詞なども)修飾します。上の例文では、もちろんwaited(待った)にかかっています。
第2は“Hopefully, weʼll arrive on time.”のようなケースで、訳せば「うまくいけば、時間どおりに着く」となります。この場合は、hopefullyがarriveにかかっているのではなく、全体として「時間どおりに着くことが望ましい」と言っているのですから、weʼll arrive on time全体を修飾しています。こちらの用法のhopefullyを「文修飾副詞」と言います。
ただし、いくつかの辞書には書いてあると思いますが、第2の用法はhopefullyの正しい使い方ではないと考えている人が、特に知識人のなかに多くいます。本来、この語は語修飾の用法しかなかったので、第2の場合にはhopefullyではなくit is hopedと言うべきだと主張しているのです。
Oxford English Dictionaryに は、 この意味のhopefullyについて、“originally U.S. (avoided by many writers)”と記されていて、最初に使われた用例として1932年のアメリカの新聞記事の一文を載せています。誤りというわけではないけれど、まだ100年も経っていないということです。
現実には、第2の用法のhopefullyはかなりよく見かけますが、フォーマルなライティングではいまも誤用とされることは知っていたほうがよいでしょう。どの小説だったか忘れましたが、作者があえて登場人物にそのようなhopefullyの使い方をさせて、無教養であることを暗に示した例も見たことがあります。

越前敏弥(えちぜん としや): :文芸翻訳者。1961年、石川県金沢市生まれ。東京大学文学部国文科卒。訳書『オリジン』『ダ・ヴィンチ・コード』『Yの悲劇』(KADOKAWA)、など多数。著書に『この英語、訳せない!』『「英語が読める」の9割は誤読』(ジャパンタイムズ出版)、『日本人なら必ず誤訳する英文・決定版』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)などがある。