【連載コラム 第27回】
越前先生の「この英語、訳せない!」
ビシッと決まる訳語の裏には翻訳家の人知れぬ苦労があります。
名翻訳家の仕事と思考のプロセスを追体験できる、珠玉の翻訳エッセイ。
hall 玄関もあれば、市役所もある
hallはさまざまな意味を表しうることばで、なかなか厄介です。
第1に、おもにイギリスでは、建物の玄関付近の空間を指すことが多く、この場合は「玄関広間」「玄関の間」「ロビー」、あるいは単に「玄関」と訳す場合が多いです。entrance hallという言い方もあります。
第2に、おもにアメリカでは、建物内の通路や廊下を表すことが多いです。hallwayと言う場合もあります。
第3に、ある程度以上の大きさのさまざまな建物や部屋を表すこともあり、この場合は「ホール」「会館」「講堂」「集会所」「校舎」などから「大広間」「寮」「本部」などまで、いろいろ考えうるので、前後関係から判断せざるをえない場合も少なくありません。
特にまちがえやすいのはcity hallで、「市民ホール」のような場所をイメージしがちですが、これは通常は「市役所」であり、しかも建物自体(市庁舎)を表すだけでなく、集合的に「市当局」や「市の官僚たち」の意味で使われる場合もかなりあります。

越前敏弥(えちぜん としや): :文芸翻訳者。1961年、石川県金沢市生まれ。東京大学文学部国文科卒。訳書『オリジン』『ダ・ヴィンチ・コード』『Yの悲劇』(KADOKAWA)、など多数。著書に『この英語、訳せない!』『「英語が読める」の9割は誤読』(ジャパンタイムズ出版)、『日本人なら必ず誤訳する英文・決定版』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)などがある。