【連載コラム 第28回】
越前先生の「この英語、訳せない!」
ビシッと決まる訳語の裏には翻訳家の人知れぬ苦労があります。
名翻訳家の仕事と思考のプロセスを追体験できる、珠玉の翻訳エッセイ。
動詞にもなるpurse
purseは「財布」のことだと覚えている人も多いでしょうが、それはイギリスでの話であり、アメリカではもっと大きなもの、たとえば「ハンドバッグ」や「ポーチ」を指すのがふつうです。アメリカでは、財布にあたることばとしてはwalletが一般的で、札入れはbillfoldと呼ばれます。
purseは動詞としてもよく使われ、最も多く見られる例はpurse oneʼslips(またはmouth)でしょう。これはよく「口をすぼめる」と訳されますが、この動作は不満や不信を表すことも多く、その場合は下唇を突き出して歯を食いしばるような顔を思い浮かべるといいでしょう。文脈しだいでは、「唇を固く結ぶ」などのほうが近いかもしれません。

越前敏弥(えちぜん としや): :文芸翻訳者。1961年、石川県金沢市生まれ。東京大学文学部国文科卒。訳書『オリジン』『ダ・ヴィンチ・コード』『Yの悲劇』(KADOKAWA)、など多数。著書に『この英語、訳せない!』『「英語が読める」の9割は誤読』(ジャパンタイムズ出版)、『日本人なら必ず誤訳する英文・決定版』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)などがある。