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    越前先生の「この英語、訳せない!」

【連載コラム 第30回】
越前先生の「この英語、訳せない!」

ビシッと決まる訳語の裏には翻訳家の人知れぬ苦労があります。
名翻訳家の仕事と思考のプロセスを追体験できる、珠玉の翻訳エッセイ。

楽しくない happy

happyはよく「楽しい」「幸せ」などと訳されますが、もう少し広い範囲の感情を示すことばです。現状に満足している(satisfied)、いとわない(willing)といったニュアンスになる場合もあり、それに応じた訳し方が必要になります。カズオ・イシグロの『わたしを離さないで』(土屋政雄訳、ハヤカワepi文庫)では、舞台となる学校を評して、ある先生がこう言います。

Some people are quite happy to leave it that way, but Iʼm not.
そういう現状をよしとしておられる方々も一部にはいるようですが、私は嫌です。

この場合、happyは現状への満足や妥協を表していて、「楽しい」からはかなり離れます。また、“Her choice of words was not a happy one.”(彼女のことばの選び方は適切ではなかった)のように、suitableやproperに近い意味になるときもあります。

 

越前敏弥(えちぜん としや) :文芸翻訳者。1961年、石川県金沢市生まれ。東京大学文学部国文科卒。訳書『オリジン』『ダ・ヴィンチ・コード』『Yの悲劇』(KADOKAWA)、など多数。著書に『この英語、訳せない!』『「英語が読める」の9割は誤読』(ジャパンタイムズ出版)、『日本人なら必ず誤訳する英文・決定版』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)などがある。

 

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