【連載コラム 第31回】
越前先生の「この英語、訳せない!」
ビシッと決まる訳語の裏には翻訳家の人知れぬ苦労があります。
名翻訳家の仕事と思考のプロセスを追体験できる、珠玉の翻訳エッセイ。
まだある要注意のことば - copyと「コピー」のちがい
少し前に翻訳クラスで扱ったある英文を、クラス生が「わたしは秘書にテキストメッセージの記録のコピーを2部プリントアウトさせた」と訳してきました。
勘のいい人なら、英文を見なくても、どこが変なのかわかったと思います。そう、「コピー」を「プリントアウト」させるという部分です。もとの英文はこうでした。
I had my secretary print out two copies of the transcript of the text messages.
コピー機によって紙に複写したもののことを、英語ではcopyではなくphotocopyと言います。copyはコピー機がこの世に現れるはるか前からあることばで、あらゆる手段の複写(写真や手書きも含む)を指します。もちろん、そのなかにはコピー機による複写も含まれますから、copyが「コピー」を表すこともないわけではありません。
しかし、上の英文の例では、単に2部印刷させたと言っているだけですから、「コピー」と訳すのは変。最近は、日本語でも「コピー」は広く音楽や著作物などの「複製」の意味で使われますから、まちがえにくくなったかもしれませんが、紙の場合にうっかり誤読することもあるので要注意です。

越前敏弥(えちぜん としや): :文芸翻訳者。1961年、石川県金沢市生まれ。東京大学文学部国文科卒。訳書『オリジン』『ダ・ヴィンチ・コード』『Yの悲劇』(KADOKAWA)、など多数。著書に『この英語、訳せない!』『「英語が読める」の9割は誤読』(ジャパンタイムズ出版)、『日本人なら必ず誤訳する英文・決定版』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)などがある。

