【連載コラム 第4回】辛酸なめ子の英語寄り道、回り道
宇宙ベンチャーのポジティブな英語力
先日、Twitterのトレンドに「月面着陸」とあったので、つい見始めた月面着陸中継動画。東京の宇宙ベンチャー企業「ispace」が、民間初の月面着陸を目指し、ちょうどその日の夜中に着陸予定と聞いて、応援の気持ちで見守りました。
会社のサイトには、「Expand our planet. Expand our future.」というビジョンが書かれていました。「人類の生活圏を宇宙に広げ、持続性のある世界へ」「Extending the sphere of human life into space and create a sustainable world」と、意識高いワードが並んでいます。
中継イベントは江東区の日本科学未来館で行なわれ、ミッションコントロールセンター(管制室)も中央区の日本橋で、両方都内ですが、動画では皆さん公用語のように英語を流暢に話していました。スタッフも外国人が多く、見るからに有能そうです。
今回の月面着陸は、民間月面探査プログラム「HAKUTO-R」の「ミッション1」。ランダー(月着陸船)は23年3月21日に月周回軌道へ投入され、月を周回したあと、4月26日0時40分頃から着陸態勢に入ります。
こちらのランダーは、アポロ計画での長年の経験があるドレイバー研究所が開発した誘導・航法・制御システムを使用し、動力降下制御アルゴリズムを採用しているとのことなので、成功率高そうです。CGのアニメーションで、ふわっとソフトランディングするランダーの「着陸シークエンス」動画が流れていました。民間初の月面着陸に立ち会えるかもしれないと思うと、深夜ですが眠気を感じません。中継会場にいる方々は、月面到達は見届けられても、ゆりかもめの終電はとっくになくなっていそうですが……。
続いてCEO袴田氏やCTO氏家氏の話があったのですが、2人とも普通に英語ペラペラでした。専門用語も多くてヒアリングできず、字幕を読むのがやっとでした。袴田氏は、月面着陸についての夢や希望を語り、氏家氏は10のマイルストーン(中間目標)について語りました。マイルストーンは8個まで完了しているそうです。それぞれ、目標のことを「Success」と呼ぶのは、ポジティブシンキングで良いかもしれません。
例えば「Success1」は「打ち上げ準備の完了」、「Success2」は「打ち上げ及び分離の完了」、「Success3」は「安定した航行状態の確立」、「Success4」は「初回軌道制御マヌーバーの完了」といった感じです。「マヌーバー」と、また聞き慣れないワードが出てきましたが「推進システムなどのアクチュエーターを制御し、航空機・宇宙機の姿勢・位置を変えること」だそうです。日本語でも意味がわからない単語を自由に操って英語で話せるのがすごいです。そして「Success8」は「月周回軌道上でのすべての軌道制御マヌーバーの完了」、まだ未到達の「Success9」は「月面着陸の完了」、「Success10」は「月面着陸後の安定状態の確立」になります。重要な局面は「Success3」の「Establishment of a Steady Operation State」や「Success7」の「Reaching the lunar gravitational field」(月の重力領域に入る)だったと語る氏家氏。「月面着陸はゼロサムゲームではない。それぞれのステップで私たちは多くのことを学ぶことができます」と、ポジティブな見解を語っていました。宇宙ベンチャーは英語力マストです。山崎直子宇宙飛行士も英語で「あきらめないスピリットを誇りに思います」などとメッセージを語っていました。
月面までの距離を示す数値が0.6、0.5、0.2とカウントされ、ついに到着。レゴリス(月の砂)の土ぼこりの中、ランダーが着陸するイメージ映像が流れました。管制室で見守るクルーたち。CGでは着陸成功していましたが実際にはランダーとの通信が途切れたままのようです。
「もう少々お待ちください」「まだ確認作業が続いております」「クルーは調査しております」祈るような気持ちで動画を見つめていましたが、10分、20分経っても月面着陸の一報は届きません。
最後、CEOが「通信を失ってしまいました。推定では月面着陸完了できてないようです」と、報告。テンションが低いながら「たくさんのことをミッション1で達成したことを誇りに思います」と、ポジティブにランディングしていたのがさすがでした。「私たちは絶対にあきらめません!」という締めの言葉が力強いです。残念ですがマイルストーン的には80%の達成率です。
結局、ランダーは燃料不足で、急激に降下してしまい月面に衝突した、と考えられているようです。在りし日のランダーが、月面ごしの青い地球の写真を撮って送ってくれたのが、今見ると切ないです。
月面着陸が、最後の最後までこんなに油断できないとは。アポロ計画に関わった研究所によるシステムを使用していたそうですが、アポロ計画から半世紀、コンピューターや技術が発展しても、成功率は低いようです。もしかしてアポロ計画って……という疑念が浮上しましたが、直後にSNSを見ると同じように感じた人が散見されました。アポロ計画捏造説のさらにナナメ上を行く、「月はそもそもホログラムなので存在しない」説まで。私は、「月の裏側で住人に打ち落とされた」説を提唱したいです。
英語を難なく身に付けている宇宙ベンチャーの社員やクルーたちは、月面に行ってもし月の住人がいたとしても、言語能力とコミュ力の高さで友好的な関係を築けることでしょう……。これからも安全な地球から応援して参ります。