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【連載コラム 第12回】辛酸なめ子の英語寄り道、回り道

エグゼクティブの通訳の、コンフィデンシャルな仕事トーク

 今回お話を伺わせていただいた丹羽玲先生はかなり華やかな経歴の持ち主。慶應義塾大学のSFCを卒業後、外資系企業で外国人エグゼクティブ付き秘書と通訳などを経て、大手IT企業にて経営幹部の通訳を担当。さらに通訳・翻訳養成学校のISSインスティテュートで講師の仕事もされています。プライベートでは、ダンサーとしてタップダンス世界大会に出場もされたという、バイタリティの持ち主です。ダンスのあとのスポーティないでたちでISSインスティテュートにいらっしゃって、リズム感の良さや音感がもしかしたら英語のヒアリング能力につながっているのかも?という説得力を感じさせます。

 通訳をされているということは、海外留学歴があるのでしょうか、丹羽先生に伺うと……
「高校の頃、一年弱オーストラリアに留学していただけです。英会話はそこまでできなかったですが勇気はつきますよね。話すのに抵抗なくなった感じです」

 留学したのは自分の意志で、中3頃から漠然と海外に行きたいと思っていたそうです。ちなみにお母様は英語の講師をされていたとのことで、家庭で英語に触れる機会も多かったのでしょう。通訳の仕事はその頃から考えていたのでしょうか。
「いえ、中高生の頃は全然考えてなかったです。社会人になってベンチャー企業の仕事でイギリスに行ったら、プロの通訳の方の仕事ぶりをはじめて見て、すごいなって思ったのがきっかけですね。外資系で外国人付きの秘書の仕事から入って、専属の通訳になりました。そのあとは外資系企業で『プール通訳』と呼ばれる経営者付きの通訳チームに入りました。それが企業での最終形で、そのあとはフリーランスになっていく人が多いです」

 経営者付きの精鋭の通訳チーム……かなりの英語力で切磋琢磨していそうです。外資系企業の重役の秘書というのも気になります。
「秘書は気を使って大変でしたね。気がきかないとできない仕事です。日本のいわゆる秘書の仕事よりも、外資系だとアシスタントに近いです。サポート役ですね。コンフィデンシャルとかもうるさかったです」

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 コンフィデンシャル、調べたら「極秘の」という意味でした。いかにも守秘義務が多そうです。丹羽先生によると、外で同僚と食事する時でも、誰が聞いているのかわからないので、仕事の話はできなかったとか。「ポーカーフェイスができないと経営者の秘書は難しい」と丹羽先生はおっしゃいます。
「エグゼクティブはサプライズビジットが好きで,予告なく突然どこかに拠点にバーンって抜き打ちで行く。とにかく外資系の上司は行動がスピーディです。秘書も同行するので大変です。精神的にタフじゃないとできません」

 「surprise visit」、はじめて聞く単語です。M&Aで大きくなって世界各国に拠点がある場合、その支社を訪問することも多いとか。ちなみに「surprise visit」の反対は「royal visit」で、用意周到に準備された訪問のことだそうです。
「外資系はスピード感が違います。相性が合わなかったら担当者もすぐ変えられる。怒られることですか? 怒られることをしたら、もう仕事なくなりますから。怒られないように動くって感じですね」

 緊張感漂う現場の空気が伝わります。私の友人にも、外資系で社長の秘書だった女性がいますが、ある時接待の食事で、相手がベジタリアンなのに、ゼラチン(牛由来)が入ったババロアが出てしまい、叱責されて大変だったと話していました。外資系の秘書や通訳は、ハードな仕事なだけあって収入悪くはないとのこと。丹羽先生が社長付きの秘書や通訳をしていた時は、社長の横で写真に写り込むことが多く、社内で顔が割れているので、言動に気を付けなくてはいけない、という気苦労もあったそうです。

 コロナ禍が落ち着いて海外出張も増えているとのことで、素人からすると羨ましい話です。
「23年顕著だったのは、出張がすごく復活してますね。欧米が多いです。経営陣の方についているんで、どなたかが行かれる時についていく感じです」

 経営陣とのセレブビジット! 一流のホテルやレストランに行けそうですが……それ以外の面ではかなりハードだそうです。
「先日は2泊4日でアメリカに行きました。会議は一日4、5コマあることも多いです。2泊4日ならまだラクですが。5日あったら会議が25コマ。その準備で睡眠時間が削られますね。観光の時間はないです。最後の夜だけちょっと自分の時間があるくらい。良いレストランに行けても、ちゃんと通訳する時は食べません。食べてもスープとかですね。流動食なら通訳しながらでも食べやすいです」

 経営者の視察についていって観光しながら通訳して、レストランで食事してラグジュアリーなホテルで休息……そんな優雅な出張を思い浮かべていましたが、会議が25コマとは。そして観光しないというのもストイックです。
「皆さん忙しいので分刻みなんですね。美術館やワイナリーに行くこともありますが、美術やワインの知識がないと通訳も難しいので、予習復習は欠かせません。美術館で仕入れた歴史ネタが会食で話題に出ることも。あと、エグゼクティブ同士の『スモールトーク』(雑談)ではワインの話題が多いです」

 ワインの話題……私の場合カルディでワインを買っているので振られても答えられません。もし海外に出てエグゼクティブやセレブとお近付きになりたい方がいたら、ワインと歴史を学んでおいた方が良さそうです。
「有名な方が出る重要な会議の場合は、あらかじめその人のプロフィールや、webでの講演などを調べて見ておきます。リサーチの時間も多いです」

 ちなみに丹羽先生は世界の会議の頂点のようなところに行く予定だそうですが、その名前は伏せられました。さすがのコンフィデンシャルリテラシーです。
「通訳の仕事をやっていると、新しい考え方や考え方に触れられるのは役得ですよね。普段自分の心地よい世界で生きていたら、絶対に同調できない考え方もあって刺激的です。それが通訳の醍醐味だと思いますね」

 通訳になるためにおすすめの勉強法を伺うと……
「授業ではシャドーイングやリプロダクションを勧めています。シャドーイングは、英語を聞きながらまねして発音。リプロダクションは、一回聞いてリピートすることです。あと、おすすめはNHKの七時のニュース。同時通訳がつくので、最初日本語で聞いてから英語で聞くと、英語力が身に付きますよ」

 さらに通訳として重要なのは……体力だとか。丹羽先生はダンスで鍛えた基礎体力がパワーの源になっていそうです。
「前の社長に『丹羽さんはとにかくよく食べてよく飲んで体力あるからいいよね』って言われました。海外出張が多い経営者だと、ついていく通訳が体調を崩すことも多いです。とにかくタフじゃないとできません」

 通訳は人と人との架け橋になる重要な仕事なので、モチベーションを高く保てばハードなスケジュールも充実感とともにこなせるのでしょう。それにしても、英語力だけでなく、マルチタスク脳、守秘義務、体力、時差ボケしない体、観光なし、気づかい、ワインの知識、など、丹羽さんの、通訳として,人としてのスペックが高すぎます。
「胃腸が強い、というのも重要です。胃腸が強いのは、ストレスに強いということになります。経営者にも共通しています」

 素人的には、1日5コマの会議,と聞いただけで胃が縮まる思いですが、成功者や通訳になるには胃腸が大事、という有益な情報を教えていただきました。英会話だけでなく、胃腸とのコミュニケーションも大切です。

 ◆ISSインスティテュートについて詳しく知りたい方はこちら

辛酸なめ子漫画家・コラムニスト。1974年東京都生まれ、埼玉県育ち。精神世界、開運から皇室、アイドル観察、海外セレブまで幅広いテーマを対象にエッセイと挿絵で人気を得る。著書に『辛酸なめ子の現代社会学』(幻冬舎文庫)、『スピリチュアル系のトリセツ』(平凡社)、『大人のコミュニケーション術 渡る世間は罠だらけ』『新・人間関係のルール』(光文社新書)、『女子校礼讃』『辛酸なめ子の独断!流行大全』(中公新書ラクレ)ほか多数。

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