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【連載コラム 第15回】辛酸なめ子の英語寄り道、回り道

こなれ英語をAIアプリでトレーニング

 たどたどしい英語しか発せない状況をなんとかしたいと思いながらも時が経っていたある日、現代美術アーティストの来日パーティがあるというお知らせをいただきました。ドイツのアンセルム・キーファー(1945年生まれ)は、戦後ドイツを代表するレジェンド的な存在。パーティでは群衆の一人として会話できる機会はなさそうと思いながら、ヒアリング能力も高めておきたいと思い、英会話アプリをリサーチ。最近はChat GPTの機能を搭載した英会話アプリも増えているようです。人間相手だと緊張したり焦ったりしてしまいますが、AIなら気楽かもしれません。

 いくつかの候補を調べて、Plang(プレン)というアプリをダウンロードしてみました。以前、Duolingoをインストールしたのですが、無料なので気が緩んでまじめに続けられなかったという経緯もあり、今回は有料バージョンに入会。Duolingoもわかりやすくて良かったのですが、間が空くと「Duoは昨日はさみしかったって言ってたよ」「Duoをもう悲しませないでよ」「そろそろ英語が恋しくなってきた?」と、重いメールが次々くるので逆に立ち上げにくくなってしまいました。気軽な遊びの相手だと思っていたのが、相手に執着されて逃げたくなる、みたいな心境でしょうか。

 Plang(プレン)は、AIが学習者の英語レベルを判定してカリキュラムを作成し、動画などで英語の表現を学べるアプリです。その動画が、映画やアニメから抽出したものなので、ネイティブな表現が身に付くようです。こなれた表現をほとんど知らなかった私にとって、このアプリは有益なものになりそうです。

 まず最初にスピーキングレベルをチェック。Lv 240位だったのですがカテゴリー的には下から2つ目「簡単な文章を英語で話すことができます」でした……。知っている単語数「約1,696個」と判定。中学校で学ぶくらいの単語数です。ただでさえ低い英会話力が、英語を話す機会がなくなっていたので、さらに下がってしまったようです。

 それで例文が中学英語くらいだったら逆にやる気が失せるところですが、このアプリは最初からわりと難易度が高い表現が出てきます。

 最初に出てきたのは映画のワンシーン。男女が働いていて「そんなに忙しくないの」というセリフに続いて「代わりにやっとく」という日本語のセリフが表示され、間が空きました。英語のセリフをまだ聞いていない状態で、その場で英語で言わなければなりません。「I will do …」と簡単な単語を組み立てようとしたのですが、しどろもどろに。正解は「I’ll cover for you.」でした。こんな流れで、映画やアニメのワンシーンが次々と出てきます。日本語で字幕だけ表示されたセリフをその場で英語にする、という瞬発力が求められるトレーニング。そのあとに、自分が発した未熟な文章と、正解の文章が並べられ、AIによって瞬時に的確なアドバイスが出力。このあたりはChat GPTが水面下で稼動しているのでしょうか。

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 映画や動画でネイティブ表現をいくつか学んだあと、最後、見るからにCGの外国人が出てきて、「週末は何をしていたの?」「お気に入りの映画は?」「今回の休暇に旅行の計画はあるの?」などと聞かれて、フリートークで答えたあとに、また判定されるという流れです。

 油断できないのは、次の日に前回学んだ文章がまた出てくるのですが、単語を選んでセリフを入力する場合と、ノーヒントで英語でセリフを答えなければならない場合があり、後者の場合、全く覚えていないことが多いです。普通の日本語の会話の内容も覚えていないのに、初見の動画の「He passed in his sleep a little while ago.」「I guess we can try to go on without them.」なんて長いセリフをいきなり言うのは無理というもの。完全に英文を理解していたらスラスラ出てくるのかもしれませんが……。

 また、セリフを英語に翻訳した文章を、直後にAIに講評されるのですが、わりと厳しい内容なことも多いです。

 例えば「ずっと飛ぶことを夢見ていたの」というセリフを英文にする、という問題で私は「I’ve been to dream to fly. 」と回答。正解は「It’s always been my dream to fly.」 だったのですが、講評文には「『I’ve been to dream to fly.』 という文は、文法的に誤り があり、そのままでは意味が通じません」と、忌憚ないコメントが。

「彼女は病気で欠席してると思う」というセリフを「She absence by sick.」 と訳したら、正解は「I think she called in sick.」。「called in」 なんて未知の表現でしたが、病欠の連絡をした、という意味のようです。講評には「『She absence by sick.』 は文法的に不正確で、意味も 不明瞭です。まず、『absence』は名詞であり、ここで は動詞が必要です。次に、『by sick』 は不自然な表現 です。」と書かれていました。メンタルも鍛えられるアプリ。人間に言われるとキツいですが、AIなのでまだ許容範囲です。

 このようにして毎日20分、こなれた英語は表現を発していたら、不思議とテンションが上がってくる感覚がありました。「Figure out what she knows.」「I’d check in on you.」「I wanna cram and fill the plate.」「What if Tom never shows up?」「It would really mean a lot to us.」 など、こんなに知らないこなれ表現があったとは。セリフを発していると、自分が帰国子女だったような錯覚が……。ただ、これらのセリフを実際に言うシチュエーションは一生に一回あるかないかかもしれません。

 そうしているうちに、ドイツの現代美術アーティストの来日イベントが近付いてきました。ファーガス・マカフリーギャラリーで開催されているアンゼルム・キーファーの個展「Opus Magnum」も拝見。博物館のようなガラスケースにおさめられた詩的でコンセプチュアルな作品の数々で、言語がなくても作者の思いが伝わってきました。

 そして翌日、広尾のイタリアン「ラ・ビスボッチャ」で開催された来日パーティ。美術業界の方々が100人以上集い、ご本人の登場を今かと待ち望みます。ジャズの演奏が流れる素敵な空間で、おいしい料理を食べさせていただきました。これは結果的にアンゼルム・キーファー様のおごりということになるのでしょうか……。ありがたい恩恵です。

 開始から1時間以上経ってご本人が登場。渋くてかっこよくて、ジャズに合わせて軽く体を揺らす姿もオーラがありました。しかし結局一言も発せず、ギャラリーの人に促されても断って、無言のまま退場。その寡黙さも素敵ですが、英会話のトレーニングは発揮できずに終わりました。

 気を取り直して別の展示「北欧の神秘」展(SOMPO美術館)に行った時に、北欧の妖精、トロルについて会場にいた北欧の方に英語で質問して、少しだけ英会話欲は満たされました。

 また外国の方と会う日まで、こなれ表現をつぶやいて自己肯定感を高めて、英語で話しかける勇気を養いたいです。

辛酸なめ子漫画家・コラムニスト。1974年東京都生まれ、埼玉県育ち。精神世界、開運から皇室、アイドル観察、海外セレブまで幅広いテーマを対象にエッセイと挿絵で人気を得る。著書に『辛酸なめ子の現代社会学』(幻冬舎文庫)、『スピリチュアル系のトリセツ』(平凡社)、『大人のコミュニケーション術 渡る世間は罠だらけ』『新・人間関係のルール』(光文社新書)、『女子校礼讃』『辛酸なめ子の独断!流行大全』(中公新書ラクレ)ほか多数。


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