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【連載コラム 第20回】辛酸なめ子の英語寄り道、回り道

顔も知らない相手と英語で交換日記体験

 先日、英語上達法についてのオンライン講座を受けたところ、英語の日記が効果的だとすすめられました。スピーキング力を身に付けるためには「言いたいことを脳内で英作文するスキル」が必要で「英語は書けないことを話せない」とのこと。「話せる英語は書ける」「書ける英語は話せる」と聞いて納得です。言いたいことを書いて、正しくアウトプットするトレーニングには、ただの日記ではなく「英語交換日記」が最適らしいです。ネイティブ講師が添削してくれて、楽しく続けられ、コミュニケーション能力も高まります。さっそく安く体験できるキャンペーンに申し込んでみました。英語での文通は、中学生ぶりです。でも中学時代の文通は、間違った英語でも相手が指摘してくれることもなく、英語に慣れることはできましたが、消化不良感がありました。ちゃんとビジネスとして「英語交換日記」を行なっているところなら、しっかり添削してくれて、きっとAIにない人情を感じさせてくれそうです。

 まず、指定の情報共有アプリをダウンロードして、今の自分の状況や英語を学ぶ目的などカウンセリングシートに書いて提出。ずっと英語を学んでいるのに全然話せるようにならないのでなんとかしたい、というのが目的です。先日のオンライン講座でも「英会話をするのは『聞いた発音と意味を理解』『自分の言いたいことを脳内で英作文』『英作文した英語を通じる音で発音』というさまざまなスキルを必要とする、総合格闘技のようなすごい技術」と説明されていました。そんな高度な技術なら、なかなかできなくてもしかたないのかもしれません。文通によって脳内英作文能力を高めたいです。

 交換日記なので私からの文章は、普通のその日のできごとを書き綴りました。仕事の後、友人がオーナーの天然石の店に行き、表参道のギャラリーに行ってフランス人と英会話を試みたけれどうまく話せなかった、といった内容の英文です。

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 しばらくして、担当になった男性講師からのお返事と添削がありました。まず、私の英文はスペルミスだらけだったようです。たとえば「crystal」を「 ceystal」、「owner」を「oner」、「art」を「qrt 」、「dynamic」を「dynamo 」など、お粗末な限りです。弁解させていただくと、スマホのアプリが指で拡大表示できず、老眼のせいでスペルミスが判別つきにくくなってしまっていました。自分の能力不足をアプリのせいにするのも何ですが……。

 相手がいるので 「Hello ◯◯,」で始めて最後は「Talk to you later.」でしめる、という基本的な文通のルールも再確認。挨拶も結びの言葉もなく、ただ自分の身辺雑記を一方的に書いてしまっていました。

 また、ピリオドや数字の後には空欄を入れる、というのもすっかり失念していました。「Make sure to put a space after a period “.”」「Put a space between a number and the currency: x) 8,000yen o) 8,000 yen」と、先生の丁寧な説明で基本を思い出しました。ギャラリーでたくさんのアート作品を見た、という文章で「many art」としたら、基本、不可算名詞なので、「many art」ではなく「much art」を使用するのが正しい、とのこと。改めて勉強になることばかりです。

 添削してくれるだけでなく、先生から交換日記のお返事もありました。やや淡泊ですが、表参道や中目黒は素敵なところで、今は大阪に住んでいるといった内容でした。

 それに対してまた、返事の交換日記を書き送りました。顔も知らない相手ですが、外国人の友人ができた疑似感が嬉しいです。中目黒という地名が出てきたので、ちょうど電車に乗り間違えて気付いたら終点の中目黒にいた、というエピソードや、大阪のグルメについてなど。書きながら、ふと思い出したのは数年前、フィリピン人講師のオンライン英会話を受けていたときのことです。あの時も結局、お互いの国の食べ物についての話題が無難でそこそこ盛り上がるので、結局毎回その方向に流れてしまっていました。交換日記も、高度でアカデミックな英語を使うというより、結局食べ物の他愛ない雑談になってしまう予感です。

 2回目の交換日記も、そこそこスペルミスがありました。やはり暗くなってきた時間帯にスマホの小さい文字を判別するのは厳しいです。「your」を「yiour」、「message.」を「massage」などと書いていてお恥ずかしいです。先生には、「スペルチェック機能を使ってスペルミスを見つけましょう」とアドバイスされてしまいました。また、冠詞 (a、an、the) を付け忘れがちなことも指摘。中学の頃の方が、ちゃんと文法を覚えていた気がします。

 先生の交換日記のお返事は、大阪の好きな食べ物の話題で平易でわかりやすい英語でした。お好み焼き、たこ焼、串カツ、鉄板焼きなど……。中でも餃子の王将が一番だとのこと。551はおいしいけれど並んでいるのであまり買わないそうです。言われてみれば、大阪の551に外国人が並んでいるのをあまり見かけないような……。やはり行列が好きなのは日本人の習性なのかもしれません。

 3回目の私からの日記は、たこ焼きの店を通りかかったけれど夜は飲み屋っぽくなっていて一人では入れなかったという話や、近所の餃子の王将にはいつもUber Eatsの配達人が並んでいる、ということなど、また他愛ない内容になってしまいました。

 3回目の添削は、ピリオドの打ち間違いや、「the」が抜けていたことなど。気のせいか、回を重ねるごとに先生のテンションが下がっていっているような……。私がもっと年相応に文化的な話題を書くべきだったかもしれません。3回目の交換日記のお返事を開くと、「Hello」の一言でした。でも時間が真夜中に送信されていたので、きっと寝落ちされたのかもしれません。数日後に加筆されていました。ここ最近は英会話アプリなどでAIばかり相手にしていましたが、これが生身の人間とのやりとりだと思うと感慨深いです。人間だから疲れたら休んでもいいし、時には間違ってもいい、そんな勇気がわいてきました。

辛酸なめ子 漫画家・コラムニスト。1974年東京都生まれ、埼玉県育ち。精神世界、開運から皇室、アイドル観察、海外セレブまで幅広いテーマを対象にエッセイと挿絵で人気を得る。著書に『辛酸なめ子の現代社会学』(幻冬舎文庫)、『スピリチュアル系のトリセツ』(平凡社)、『大人のコミュニケーション術 渡る世間は罠だらけ』『新・人間関係のルール』(光文社新書)、『女子校礼讃』『辛酸なめ子の独断!流行大全』(中公新書ラクレ)ほか多数。

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