【連載コラム 第22回】辛酸なめ子の英語寄り道、回り道
「DeepL Voice」の挑戦
翻訳の分野では精度が高いと評判のDeepL。このたび、リアルタイム音声翻訳ソリューション「DeepL Voice」がローンチされたそうです。シームレスで自然なコミュニケーションを実現する機能だとか。DeepL製品担当副社長のクリストファー・オズボーン氏が来日しているとのことで、貴重な機会にお話を伺いました。
「はじめまして」と日本語で挨拶してくださった気さくなオズボーン氏に、まずは「DeepL Voice」はどういうサービスなのか聞いてみると……
「複数の言語で会議をしたい方々がリアルタイムで実際に翻訳を見ることができるというものです。自分の母国語でない言葉で会議していると100%理解するのは難しいですが、会議の内容を読んで理解することができます。それぞれのパソコンやタブレット、スマホなどに表示されます」
会議の字幕がその場で流れるようなものをイメージすると、すごく便利そうです。この技術の実現には、最近のAIの進化も影響しているのでしょうか。
「もともとうちはAI中心の企業なので当然使っております。『DeepL Voice』を提供するには会話のモデル化をする必要ありました。それはおもしろいチャレンジでした。簡単にそれもできるだけリアルタイムに訳す。一行ずつ訳すと文脈の流れがおざなりになってしまいます。トータルな流れを維持しながら即時通訳する技術が必要でした」
たしかにDeepLといえば、AIのプロ。高度なAIソリューションを提供する企業でした。会議の発言は、何秒後くらいに訳されるのでしょうか。
「だいたい1秒後くらいにすぐ出てくるんですけれど、内容をできるだけ正確に表現するため、追加された文章によって常に全体を更新しています。最終的に出てきたものが、きちんと意味がある文章になるようなモデルを作っています」
これはぜひ実際に、刻一刻と変化する文章を見てみたいです。33の言語が翻訳できるそうですが、その中でも日本語は難しいほうなのでしょうか? そう聞くとオズボーンさんは「はぁ~」とため息をつき、こう答えました。
「全ての言語は難しいです。ただ日本語は歴史もありますし、人口が多い。コンテンツが非常に豊富です。翻訳のモデルを強力にするためにはデータ量が重要になります。歴史や文学、映画、音楽など豊富なコンテンツをベースに開発できるのは日本語の利点だと思います」
意外と日本語は学習データが豊富で開発しやすいようです。いっぽうでマイナーな言語も……。
「私どもは全ての言語に対応しているとは言っておりません。世界にはコンテンツが少ない言語もたくさんあります。例えば、世界で数百人しか話していない言語など。AIで翻訳しようと試みた言語もありますが、使っている人が少ないので、間違っていても修正できない危険があります。DeepLには、言語の専門家が介在していて翻訳に間違っている部分があれば修正します。それができる言語のみ提供しています」
調べたら、使っている人が少なくてもうすぐ消滅しそうな言語に「モゴール語」(アフガニスタンのヘラート州に住むモンゴル人の言葉)、ティラフ語(アフガニスタンのナンガルハール州のティラフ人の言語)、アチョマウィ語(ネイティブアメリカンのピットリバー族の北の部族が使用)などがあるようでした。言語の世界は奥が深いです。
「DeepLでは、何千人という言語学の専門家とネットワーク構築ができていて、様々な知見を生かしながらソリューションを提供させていただいています。単純にデータ収集をしてもそのままでは使えません。模範となる文章を構築してモデルに入れて学習させることが必要です」
それだけたくさんの言語学の専門家と仕事しているとは、資金力も感じさせます。DeepLで働いている方は皆さん言語能力に秀でているのでしょうか。
「英語が公用語で、皆さん母国語プラス英語ができます。人によって8、9言語が使える人もいます」とのことで、やはり言語のプロが集う会社のようです。
今回の「DeepL Voice」は、まずは法人向けのサービスからスタートとのことですが、国際会議は結構ニーズがあるのでしょうか。個人的には一度も参加したことがないので興味があります。
「日本では、IT系、金融、メディア、製造など様々なジャンルの会社で運用されています。例えばメーカーの場合、本社は日本で、工場が中国にあり、アメリカで販売しているといったケースでは、国際会議が開かれる機会も多いです。国際会議で翻訳をすると理解を深めるだけでなく、言葉がわかっていても話すのに自信がない人も会議に参加することができます。失敗を恐れることなく、母国語で発言して、相手に理解してもらえます。参加者全身、発言権が持てて皆の意見が反映されます」
この便利なサービスがあると、発言しないままでやり過ごせなくなりそうです。オズボーンさんは、言語能力が高いと思いますが、今まで言葉が通じなくて困ったことは……ないですよね。そう話を振ると、オズホーン氏は笑って答えてくださいました。
「実は20年前、山口県に住んでいました。英会話の教師として派遣されたんです。日本語が話せない状態で、当時の山口県には英語が話せる人がほとんどいなかった。その頃は携帯電話にも翻訳機能がなかったので、必要に迫られて必死に日本語を勉強しました。おもしろい時期でしたね。娘はすぐに日本語を吸収して、今はオランダ語と日本語と英語が話せます。でも、年がいけばいくほど言語の習得が難しいのを実感しました」
それは私も常に実感しています。学んでも学んでも英語を習得できない……そこで「DeepL Voice」のような便利なサービスの出番になるのでしょう。
ところで山口県に住んでいたそうなので、フグや温泉などの思い出はありますか? そう質問を投げかけると、オズボーン氏はフグでも温泉でもない山口県の思い出を語られました。
「スノーボーディングですね。山口県ではじめてスノボを覚えて、毎週ドライブして山に行ったのが思い出です。それから、屋台も好きでした」
山口県に降雪のイメージはなかったのですが、調べたらスキー場もいくつかありました。山口といえばフグ、とメジャーな方に流れず、新たな分野を開拓されるのがさすがです。DeepLのサービスも今後、さらに革新的に発展していくことでしょう。使う側も、それなりにグローバルな分野で活躍していないと、「DeepL Voice」を体験する機会がありません。いつか「DeepL Voice」を使った会議に参加する、というのを、目標の一つにかかげたいです。