英字新聞のジャパンタイムズがお届けする
通訳・翻訳業界の総合ガイド

  1. トップ
  2. コラム
  3. 【連載コラム 第25回】辛酸なめ子の英語寄り道、回り道

【連載コラム 第25回】辛酸なめ子の英語寄り道、回り道

5年ぶりの海外でプチ英会話体験

 

1月下旬から2月頭にかけて、久しぶりに海外に行く機会がありました。といっても仕事ではなく、プライベートな精神修養の旅……。インドで行なわれたマハ・クンブメーラという世界最大の宗教行事、聖者のお祭りに伺いました。ここ5年ほど一切海外に行かず、この1年は毎日地道に英会話アプリで(1日5分ですが)勉強を続けてきました。今回参加するのはツアーで個人行動はなさそうなので、英会話をする機会があるかはわかりませんが、少しでも異文化交流できれば、という思いです。

columnphoto

まず羽田からデリーまで飛行機で向かいます。久しぶりの長距離フライトで緊張感が。羽田空港は、搭乗手続きが専用の機械でできるようになっていましたが、なぜかチケットが出てこなくて、有人の受付に並び直しました。荷物検査も以前より便利になったと感じました。スマホやデジカメなどのデバイスをトレイに出さなければならなかったのが、荷物に入れたままで大丈夫になっていました。海外旅行にまつわる小さなストレスが一つ減った感があります。ところでフライト中の楽しみは映画鑑賞ですが、5、6年前に国際便に乗ったときは、劇場で封切られたばかりの作品を機内で観ることができた記憶です。でも、今回ラインナップを見たら、昔の作品ばかりで観たいものがほとんどなく……「マトリックス」を観たあとは、機長の持ち物紹介動画などを観て時間をつぶしました。

 デリーに到着し、ホテルで一泊してから早朝、特急電車でプラヤグラージに向かいます。ホテルと特急列車では新聞が配布されました。貴重な情報源です。新聞は『THE TIMES OF INDIA』と、『Delhi Times』」の号外で表記は英語です。『Delhi Times』にはこれから行くマハ・クンブメーラについての話題も載っていました。「Remo takes a holy dip at Maha Kumbh」レモ・ドゥスーザというインドで有名な振付師がこの祭を訪れ、妻とともにガンジス川で沐浴したという平和な話題でした。でも、後日沐浴場で将棋倒しが発生し、新聞記事も物々しい内容に……。

 今回乗ったのは、インドの新幹線と呼ばれる「VANDE  BHARAT」(ヴァンデ・バーラト急行)。速度は180km/h前後出るようです。デリーからプリヤグラージ間は697キロで6時間半ほどかかりました東京からだと岡山までの距離よりちょっと遠いくらいです。列車は新しくてきれいで、サンドイッチなどの軽食やチャイも出てなかなか快適でした。この列車で提供される料理のメニューのサイトを見てみると、予約制かもしれませんが「ジャイナ教の食事」「糖尿病食」など細かく指定ができるようでした。日本にもない細やかなサービスです。グレーのスーツ姿の車掌さんが若いイケメンだったのも印象的でした。列車にはトイレもあって安心です。ツアーのガイドさんによると、この先トイレがあってもどんな状態かわからないので、できるだけ特急列車でトイレをすませておいてください、とのこと。

 プリヤグラージに到着すると、マハ・クンブメーラの周辺が大渋滞で、予定のバスがなかなか来なくて路上で数時間待機することに。このとき、並んでいる日本人の集団に興味を持った現地の警察官の男女がフレンドリーに話しかけてきました。「ヒンディー語できる?」「できません……」かんたんな英語でコミュニケーションを試みました。「インドは好きですか?」と聞かれたので「はい」と答え、友好的なムードに。「インドで有名な人は?」「モディ首相」「映画『RRRは観ましたか?』」「観てません」など、まじめな方々のようです。

 プリヤグラージには、マハ・クンブメーラ関連のポスターも貼られていました。Google レンズの翻訳モードで見てみると、白い装束の恰幅の良い男性の看板には「プラヤグラージに到着したことを心から歓迎し、祝福します」と書かれていて、ウッタル・プラデーシュ州政府の運輸大臣のようでした。クンブメーラの期間に音楽イベントを行うという聖者のポスターもありました。Google レンズは便利ですが、Wi-Fiがつながっていないと使えないという難点が。このあと向かった会場は人が多すぎて(沐浴日には1億人前後の人が来場)、日中はほとんどWi-Fiがつながりませんでした。

 マハ・クンブメーラの会場は、普段は何もないガンジス川の流域で、この聖なる祭の期間だけ、インド中の聖者がキャンプを設営します。4000ヘクタールもの広大な会場内に、巨大な門や、イルミネーションで装飾された建物が並んで、異世界のアミューズメントパークのようです。インド中から集まる人々のために食べ物や毛布、衣服などの露店も並んでいます。日本人が珍しいらしく、頻繁に記念写真を頼まれました。英語で話しかけてもほとんどわかってもらえなくて、インド人が全員、英語ができるというわけではないようです。

 宿泊したのは、日本人の聖者、ヒマラヤで悟りを極められたヨグマタ相川圭子さんのキャンプ。会場内でもひときわ立派な門構えで、食堂や宿泊施設、ホール、ヤギャという火の儀式を行なう施設などが設けられています。食事は完全ベジタリアンで、料理のスタッフがチャパティやカレー、野菜炒めなどを毎食出してくれて、体にも良いしかなりおいしいです。ツアー参加者が滞在するために建ててくださったと思うと、どんな高級ホテルよりもありがたく価値があります。

 キャンプ滞在中は、特別な沐浴日や聖者のパレードに参加する予定がありましたが、最もメジャーな沐浴場、トリヴェニ・サンガムで、人々が殺到しすぎて将棋倒しの事故が発生したというニュースがありました。ツアー一行は空いている別の沐浴場に行くことになりましたが、パレードは中止に。残念に思いながらキャンプ内にいたら、長いヒゲのひとりの聖者が「God save you」と言ってくださり、その言葉が心に残りました。 

 日本人100人のツアーメンバーは聖者のご加護で、カオス状態の会場から無事に移動できて、スケジュール通りに帰国の途につくことができました。帰りのバラナシの空港で、スマホの充電スポットに立っていたら、隣で充電している男性が話しかけてきました。「クンブメーラに行ってきたんですか」と聞かれたので、「はい」と答えたら、それは良いですね、とポジティブな反応でした。「すごく混んでいました」と付け加えました。別のインド人男性が来て、今度はスマホ充電をしたままどこかに行ってしまい、インドは思ったより治安が良いのかもしれない、と思いました。聖地バラナシだからかもしれません。

 空港で気になったのは、「VVIP」と「VIP」のリスト。保安検査などをスルーできる人のリストのようです。VVIPはVIPよりさらにワンランク上の存在です。

  1. President (大統領) 2. Vice President (副大統領) 3. Prime Minister (首相) 4. Governors of States (各州知事) 5. Former Presidents (元大統領) 6. Former Vice Presidents (元副大統領) 7. Chief Justices of India (インドの最高裁判所長官) 8. Speaker of Lok Sabha (インド下院議長) 9. Union Minister of Cabinet Rank (連邦内閣大臣) 10. Chief Ministers of States (各国の首相) 11. Deputy Chief Minsters of States (各州の副首相) 12. Deputy Chairman, Planning Commission (計画委員会副委員長) 13. Leader of Opposition in Lok Sabha & Rajya Sabha (下院および上院の野党党首) 14. Holders of Bharat Ratna Decoration (バーラト・ラトナ勲章受章者) 15. Ambassadors for Foreign Countries, Charge D’ Affairs and High Commissioners and Their Spouses (外国大使、代理大使、高等弁務官とその配偶者) 16. Judges of Supreme Court (最高裁判所判事) と、厳密にランクが決まっていました。英単語の勉強になります。29番目にさり気なくダライ・ラマ法王がランクイン。全くランク外の庶民なので、普通に検査を受けて飛行機に搭乗。飛行機内でインスタントチャイを飲み、インド気分に浸りました。

 デリー空港では、一週間物欲とほぼ無縁に過ごした反動で、お菓子や袋麺、クリームに歯磨き粉などいろいろ買ってしまいました。とくに必要ないのに家電ショップで赤いUSBケーブルを購入。インドと自分をつなぐ赤い糸のように感じられ、またすぐに渡印できる予感がしてきました。

辛酸なめ子 漫画家・コラムニスト。1974年東京都生まれ、埼玉県育ち。精神世界、開運から皇室、アイドル観察、海外セレブまで幅広いテーマを対象にエッセイと挿絵で人気を得る。著書に『辛酸なめ子の現代社会学』(幻冬舎文庫)、『スピリチュアル系のトリセツ』(平凡社)、『大人のコミュニケーション術 渡る世間は罠だらけ』『新・人間関係のルール』(光文社新書)、『女子校礼讃』『辛酸なめ子の独断!流行大全』(中公新書ラクレ)ほか多数。

≪前の記事へ

コラム一覧

こちらもどうぞ

自分の目標、自分のなりたい姿に合わせてスクールを選ぼう。