英字新聞のジャパンタイムズがお届けする
通訳・翻訳業界の総合ガイド

  1. トップ
  2. コラム
  3. 【連載コラム 第26回】辛酸なめ子の英語寄り道、回り道

【連載コラム 第26回】辛酸なめ子の英語寄り道、回り道

リサ・フランクの光と闇

 

90年代にアメリカで大人気だった、リサ・フランク(Lisa Frank)。ユニコーンや虹、パンダ、ヒョウ、イルカや犬などかわいい動物たちをPOPな色彩やグラデーションで描いたデザインが、今も脳裏に焼き付いています。主に全米で大人気でしたが、私は90年代にNYに美大の友人たちと旅行したときにリサ・フランクを知って、心を奪われてしまいました。友人と一緒にeBayでグッズを注文した記憶があります。拙い英語力ながらなんとかオーダーが通り、アメリカからリサ・フランクのアイテムが届いたときは興奮のるつぼでした。友人たちと日本でも輸入・販売してほしいと熱く語り合い、後年原宿の「6%DOKIDOKI」というお店で商品が売られはじめたときは願いが通じたと喜びました。

columnphoto

カラフルでファンタジックで見ているだけでもトリップできるリサ・フランクの商品は、アリゾナ州の砂漠地帯のツーソンという街で作られていました。個人的に20代の頃は憧れていたリサ・フランク。でもそれから四半世紀経ち、今、大人になって知ったのはリサ・フランクの衝撃的な実態でした。「グリッター&グリード:リサ・フランク物語」(Amazonプライム)は、一世を風靡したあと忽然と姿を消したように見えるリサ・フランクについてのドキュメンタリーです。この作品を観たあとは、誰もがリサ・フランクのPOPなイラストに不穏さを感じるようになることでしょう。

 タイトルロールの画像はよくできていて、リサ・フランクのキャラクターの色とりどりの立体が並んでいる様子から、ブランドのシンボルであるユニコーンが落ちて粉々になる不吉な映像から始まります。

 POPでカラフルな色彩で若者の気分をポジティブにしたリサ・フランクですが、従業員や家族、仕事関係者に対しては理不尽な態度でした。結婚生活は泥沼離婚裁判にもつれこみ、仕事関係者から訴えられたり、従業員が人生を台無しにされたと恨みを抱いたり……。

 リサ・フランクは女性起業家の走りで、野心がみなぎり、周りの人に必要以上に厳しくなっていたようです。人を追い込むことが好きな性格、と評されていました。実生活では接点を持ちたくないタイプです。リサ・フランクは時流をつかむのがうまく、最初はアクセサリーやステッカー販売からはじめて、優秀なデザイナーやイラストレーターを雇って、動物キャラの文房具を作ったら大ヒット。90年代に急成長しました。

 ビジュアルのセンスやビジネスの才能に長けたジェームズが入社すると、リサの右腕となってさらに会社は発展。2人はいつしか付き合うようになり、結婚します。社内で権力を手にしたジェームズは、気難しい性格だったこともあり、スタッフたちに恐れられます。 

 いっぽうジェームズは家ではリサに罵倒され、関係が悪化。リサは夫が女性の副社長とデキてると疑い、離婚の要求を突き付けます。リサは従業員とジェームズを敵対させ、会社は混乱状態に。そしてジェームズはリサと一緒に成功に導いた会社から追い出されてしまいました。現在は海辺に住んで、息子と暮らしながら、カフェバーを営み、のんびり好きな絵を描いているジェームズの姿が映し出されていました。若干やつれていましたが……。

 大変な目に遭ったのはジェームズだけではありません。デザインやイラストを担うスタッフたちは、気分屋のリサに頻繁にやり直しを命じられたり、常に監視したり、全てが気に入らないと怒り、暴言を吐いたり……。解雇された従業員も多数です。会社の業績は悪化し、広い社屋はゾンビ映画のセットのような不気味な雰囲気を醸し出すように。

 2010年代に入ると、もう終わったかのように見えたリサ・フランクでしたが、かつてのリサ・フランクチルドレンたちがコラボを申し出たことで復活の兆しが見えます。しかしリサ・フランクは若手のコスメ会社に対し、計80万ドルもの法外な契約金やロイヤリティを払わせ、プランを次々変更させて納期を引き延ばした挙げ句、契約破棄。若者たちの人生をめちゃくちゃにしてしまいます。ほぼいやがらせというか、弱い立場の人を追い込むのがライフワークのようです。

 映像には、リサ・フランク本人の動画は出てきません。写真撮影を拒否するほどガードが固く、ミステリアスな存在です。映像の最後にドキュメンタリーの制作者がリサ・フランク本人からもらったコメントが出てくるのですが、多くの人に大変な思いをさせて苦しめていることを全く自覚していないようで、軽い恐怖を覚えました。

「I have loved art and have been an artist ever since childhood.

Lisa Frank, Inc. is the result of that passion. I’m incredibly grateful for the amazing artists and team members who helped bring my vision to life. I’m so excited about the future, as the next generation takes the helm. Stay tuned – the best has yet to come!」

「私はアートが大好きで、子供の頃からずっとアーティストでした。

Lisa Frank, Inc. はその情熱の結果です。私のビジョンを実現するのを手伝ってくれた素晴らしいアーティストとチーム メンバーに心から感謝しています。次世代が舵を取る未来にとてもワクワクしています。お楽しみに。最高の時はこれからです!」

 リサ・フランクのモンスターぶりや、話の通じなさが垣間見えるテキストです。

 久しぶりにリサ・フランクのサイトを見たら、今も文房具などのアイテムが販売されていました。例えばバックパックは12600円、猫のキーホルダーは3800円、ピンバッジ3800円、コスメパレット4500円など、値段的にもターゲットは子どもではなく、かつてリサ・フランクファンだった大人を対象にしています。このドキュメンタリーの影響が少なからずありそうですが……。

columnphoto

部屋から発掘した当時のLisa Frankグッズの一部です。パンダペインターは好きなキャラでした。

 昔ファンだった人の本性を知るのは切ないですが、キャラクターに罪はありません。90年代当時はファン同士の交流もありました。97年に、リサ・フランクのサイトで知りあったジェナというカリフォルニアの高校生としばらくメール文通していた思い出があります。当時流行っているスラングを教えてくれたり、映画『タイタニック』の感想を語り合ったり、楽しいやりとりを続けていました。スラングは、例えば「Da Bomb day」は「最高にクールな一日」で、「dissin’」は「からかう、けなす」、「messed up」は「不公平」、「toodels」は「さようなら」という意味、と教えてもらいました。また、ジェナからプロムやダンスパーティについて聞いて、「イアン、セス、リーランドという3人のキュートなguyと踊ったの!」と報告されて羨ましがったり……。ちなみにジェナは気分屋で、急に「もうあなたとは話したくない。もうメールを送ってこないで」と書いてきたり、「昨日のメールは無視して」と言ってきたりして、翻弄されました。今思えば、リサ・フランクの気まぐれキャラの伏線のようです。時が経つのは早く、ジェナはもうアラフォーの年齢。今も元気で暮らしていることを祈ります。

辛酸なめ子 漫画家・コラムニスト。1974年東京都生まれ、埼玉県育ち。精神世界、開運から皇室、アイドル観察、海外セレブまで幅広いテーマを対象にエッセイと挿絵で人気を得る。著書に『辛酸なめ子の現代社会学』(幻冬舎文庫)、『スピリチュアル系のトリセツ』(平凡社)、『大人のコミュニケーション術 渡る世間は罠だらけ』『新・人間関係のルール』(光文社新書)、『女子校礼讃』『辛酸なめ子の独断!流行大全』(中公新書ラクレ)ほか多数。

≪前の記事へ

コラム一覧

こちらもどうぞ

自分の目標、自分のなりたい姿に合わせてスクールを選ぼう。