【連載コラム 第29回】辛酸なめ子の英語寄り道、回り道
遺伝子検査サービスの光と影
アメリカの遺伝子検査サービス「23andMe」。女性誌の企画で2013年頃、この会社で遺伝子検査をさせていただきました。約254種もの病気のリスクや、薬の感受性、体質、祖先のルーツまで調べることができます。その当時は99ドルというお値打ち価格でした。大量の唾液を容器に入れて国際便で郵送し、数ヶ月後にネットで結果が表示される、という流れです。ドキドキしながら見てみると、当時は自動翻訳機能がまだなくて英文で表示されたので、翻訳サイトと行き来しながら判読。

「HEALTH RISKS」というサイトには、当時は詳しく病気のリスクが記されていました。(現在はソフトな内容のみ) 「Atrial Fibrillation」というのは「心房細動」で、私の場合、リスクが通常の1.93倍も高いようです。「Alzheimer’s Disease」(アルツハイマー病)のリスクが1.75倍というのも気がかりです。「Gout」(痛風)は1.73倍。リスクが少ないものでは、「Obesity」(肥満)のリスクが0.83倍、「Gallstones」(胆石)が0.89倍でした。「Restless Legs Syndrome」(レストレスレッグス症候群、むずむず脚症候群)も0.75倍と、低めです。マイナーな病名もリストアップされていて興味深いです。
他にも気になる項目を見ると、「Proton Pump Inhibitor (PPI): Metabolism slow」(アルコール摂取、喫煙による食道がんリスク増加)というのもあって気をつけたいです。今まであまりアルコールを飲みたい欲求がないのは、遺伝子が警告を発してくれていたのかもしれません。「Heroin Addiction: Typical odds of heroin addiction」という記述によると、「ヘロイン中毒」に陥りやすい遺伝子のようなので、「ダメ。ゼッタイ。」と肝に銘じました。「Norovirus Resistance: Not resistant」(ノロウイルス耐性:耐性なし)というのは、過去に3回ほどノロにやられたことがあるので確認済みです。
他にも、「胸の大きさ ☆☆☆」(普通)と格付けされていたり、エラーの回避が苦手と出たり、肌がくすみやすい、とか余計なお世話と言いたい判定結果も。「85歳以上まで長生きする可能性がやや低い」と、さり気なく寿命が宣告されていました。現在はそのようなエグい結果のコーナーはなくなってしまったようです。でも、先日久しぶりにログインしたら、「あなたは乳糖不耐性の可能性が高いです」と、ちょっとショックな判定結果が増えていました。毎日のようにコーヒーショップに行き、ラテを飲んでいましたが、遺伝子的には体質に合っていなかったことが判明。小学校の給食で牛乳が苦手だったのは、これもまた遺伝子が教えてくれていたのかもしれません。それにしても遺伝子を送ってから随分経ちますが、まだ調べ続けてくれているのでしょうか。
また、この「23andMe」で特筆すべきは、DNAを共有している親戚を探してリストにしてくれる、という点です。アメリカでは登録者数が増えたということもあり、検査がきっかけで生き別れになった兄弟と再会するというドラマティックな事例も発生しています。
サイトの「DNA Relatives」というコーナーを見ると、遠い親戚らしき人の名前が並んでいます。日本人の登録者数は少ないので、私の場合、ひいひいひいおばあちゃんかおじいちゃんが同じ、というくらいの遠い親戚しか出てきませんが、それでもDNAのつながりがある人が、モンゴルや中国、アメリカやアゼルバイジャンなど世界中に散らばっているのには驚きました。たどっていけば人類皆親戚、といっても良いかもしれません。名前で検索して、顔写真を登録している人は照らし合わせて、遠い親戚が何をやっている人か調べるのもおもしろいです。モンゴルの営業マン、テキサスのナイフ職人、アリゾナの歯科医師、サンフランシスコ在住の中国人クリエイター、ヒューストンの薬学博士、ハワイの医師、など遺伝子の親戚は多岐に渡っていて心強いです。
でも、そんな平和なネット空間に暗雲が……。2023年に、ハッカー集団が23andMeのDNAデータベースに侵入し、データを盗み出したのです。ハッカーは個人のDNAデータを販売。690万人ぶんものデータが漏洩したそうで……登録者数は約1500万人なのでかなりの確率です。もしかしたら自分のDNAデータも? と不安がよぎります。マーク・ザッカーバーグとイーロン・マスクのデータも含まれていた、と噂されていますが、そんな大物に比べたら、自分のデータはそこまでの価値はないのでスルーされていそうな気もします。
データ大量流出の影響もあり、経営状況が悪化した「23andMe」は経営破綻してしまいました。どのように保管されているのかわかりませんが、自分のDNAはどうなってしまうのか、このままたらい回しにされてしまうのでしょうか……。運命に翻弄される自分の分身が心配です。
でも、その後、バイオ医薬品メーカーのリジェネロン・ファーマシューティカルズ(本社はニューヨーク)が「23andMe」を2億5600万ドルで買収すると名乗りを上げました。その後、TTAMリサーチインスティテュートが3億ドル以上を提示し、落札したとのこと。自分の遺伝子も含まれているので、2社が競り合って価値が高まったみたいでテンションが上がります。遺伝子検査サービスも継続されるようで、やっとDNAが落ち着ける状態になって安堵しました。
後日、TTAMリサーチインスティテュートから、サービスについての英文メールが届きました。「お客様のアカウントと個人データはそのまま残り、23andMeのプライバシーに関するコミットメントに基づき、引き続き保護されます」「これまでお客様のデータ保護に携わってきた従業員とプライバシープロトコルを引き続き採用し、これらのポリシーの継続的な改善に取り組んでまいります」「私たちは、23andMeの伝統をさらに発展させることに大変興奮しています」と、ポジティブで発展的な内容でした。DNAの集合意識的なパワーで物事が良い方向に動いたのかもしれません。これからも海の向こうから自分の遺伝子の動向を見守りたいです。
