英字新聞のジャパンタイムズがお届けする
通訳・翻訳業界の総合ガイド

  1. トップ
  2. コラム
  3. 【連載コラム 第33回】辛酸なめ子の英語寄り道、回り道

【連載コラム 第33回】辛酸なめ子の英語寄り道、回り道

国際シンポジウムで感じた語学と意識の壁

 

グローバルに活躍するセレブな女友達から「今度、国際シンポジウムを主催することになりました」というメッセージが届きました。国際シンポジウムを主催!? そんな人生のステージがあったとは。早速、彼女の勇姿を拝みに、赤坂インターシティAIRで開催された「ARTS CREATIVES HUMANS 2025」に伺いました。香港や東京でのアートやクリエイティブな事業について、というテーマのようです。

columnphoto

プログラムは当然のように英語表記。協賛企業のページには、国際文化会館、原鉄道模型博物館、香港日本文化協会など、格調高い企業や団体の名前が並んでいます。

 そしてシンポジウムも最初の挨拶から全編英語。通訳の人もいないし同時通訳イヤホンもないので、参加者は全員英語ができる前提のようです。近くの席になった上品な若い女性はイギリス留学していたそうですが、「英語は全然わかりません」と謙遜していて、そんなわけはないと思いました。ちなみに政治家の娘さんだそうです。

 Pixelの自動文字起こしツールと翻訳アプリを起動し、まず、最初の挨拶を解読。

「Ladies and gentlemen. Distinguished casts. Colleagues and friends. It is a very great pleasure to welcome you all to the Arts. Creatives and Humans Symposium 2025. Allow me to begin by reflecting on purpose that brings us together today. This symposium invite us to consider how the arts, culture, and creative industries thrive together.」

「ご列席の皆様、ご出演の皆様、そして同僚の皆様、そしてご友人の皆様。皆様をアーツ・クリエイティブ・アンド・ヒューマンズ・シンポジウム2025にお迎えすることができ、大変光栄に存じます。さて、まずは本日私たちが集う目的について改めて考えてみたいと思います。このシンポジウムは、芸術文化とクリエイティブ産業がいかにして共存していくのかを考える機会となります」

 とのことで、格調高いフォーマルな文体です。背筋が伸びる思いです。

「本日は、日本、香港、そしてアジア各地から、著名な方々をお迎えできることを光栄に思います。学者、実務家、市民リーダー、北極圏の研究者、デザイナー、そして様々な分野のイノベーターの方々。これほど多様な方々を一つのポータルに集めることは、日本において稀有なことです」

 とのことで、香港や日本を中心に、デザイン関係の会社やギャラリーの経営者、大学教授などが集っているシンポジウムとのこと。それぞれの肩書にも圧倒されました。CEO率、博士号率が高いです。

 パネルディスカッションは「過去」「現在」「未来」といったテーマにわかれていました。何人かずつ登壇し、1人ずつ活動や理念について発表していきます。

 例えば、木を使った上質なインテリアデザインの会社のプレゼンは「Spatial design for human-wellbeing」「Our philosophy」といったワードが映像資料に出てきました。「スペースをデザインするのではなくヒューマンライフをデザインしている」そうです。エコな再生素材を使ったスマートスピーカーの会社は「Redefining traditional audio with smart innovation to enhance human well-being」、「スマートイノベーションで伝統的なオーディオを再定義し、人々の健康を向上」というコンセプトを掲げていました。この国際シンポジウムに参加する方々は、お金儲けしたいというよりも、「ウェルビーイング」や「サスティナブル」を重視しているのがわかります。社会のため、世の人のため、高い視点を持って仕事に取り組んでいます。我が身を振り返ると、今まで女一人で必死に生きてきて、こんな高い使命感を持つ余裕などなかった気がします。

 さらに高度だったのは「資本主義インフラ」についてのプレゼン。

「Unfolding the IP capital market by enabling developers to establish their own ecosystems in a full-cycle capacity.」

「開発者がフルサイクル能力で独自のエコシステムを確立できるようにすることで、IP資本市場を展開します」とのことで「IP asset issuance」→「Scaling」→「IP strategy」→「Viral city」というフローチャートが表示されました。「IP資産の発行」→「スケーリング」→「IP戦略」→「バイラルシティ」と、訳してみても素人には高度すぎてわかりません。別の次元に紛れ込んでしまった感が……。

 国際シンポジウムのパワポ資料には、わかりやすいフローチャート資料がマストのようです。アートのキュレーションについてのフローチャートにも「協働的なキュレーション実践」のために「計画」「反映」「対話」「行動」「開発」といったワードが並んでいました。

 IT技術を活かしたキュレーターの仕事について「Curators ensure technology creates meaningful impact」「キュレーターはテクノロジーが意味のある影響を与えることを保証する」という理念が提示されました。「Guiding digital practice」「Transparency & inclusion」「Consent & sustainability」「Long-term accessibility」「デジタル実践の指針」「透明性とインクルージョン」「同意と持続可能性」「長期的なアクセシビリティ」と、また高度な項目が挙げられました。アートという自分に近い分野でも、なかなか追いついていけません。国際社会に取り残されていくような焦燥感が……。後半も「クリエイティビティが開く未来のフロンティア」「文化のゲートウェイハブとしてのポテンシャル」「ブラネタリー・バウンダリー」といった意識高い系のワードが飛び交いました。ここに集う人々はグローバルな視点がデフォルトのようです。

 お昼から夕方まで続いた、高次元の国際シンポジウム。最後はそれぞれ「参加認定証」が授与されて記念撮影し、和やかな雰囲気で終わりました。このようなシンポジウムを主催し、登壇して英語で話していた友人への尊敬の念が改めて高まりました。自分の住んでいる世界が小さくて世俗的なことを改めて実感。

 さらにそれを痛感したのは、軽食コーナーの存在を知ったとき。会場には「Refreshment」と称し、軽食やお菓子が提供されるコーナーがありました。高級そうなハーブティーやクッキーなどが並んでいるのを帰り際に発見。あとで知ったのですが、最初からこのコーナーにはいつでも立ち寄ってよかったみたいで、もっと早く知っていれば……と、悔やみました。後悔先に立たず、です。終了後の「Refreshment」コーナーでは参加者がアカデミックな会話をしていて、とても入れなかったので静かに退出しました。今回の国際シンポジウムは、何かを学んだというより、自分の生き方を見つめ直すきっかけとなりました。

 

辛酸なめ子 漫画家・コラムニスト。1974年東京都生まれ、埼玉県育ち。精神世界、開運から皇室、アイドル観察、海外セレブまで幅広いテーマを対象にエッセイと挿絵で人気を得る。著書に『辛酸なめ子の現代社会学』(幻冬舎文庫)、『スピリチュアル系のトリセツ』(平凡社)、『大人のコミュニケーション術 渡る世間は罠だらけ』『新・人間関係のルール』(光文社新書)、『女子校礼讃』『辛酸なめ子の独断!流行大全』(中公新書ラクレ)ほか多数。

≪前の記事へ

コラム一覧

こちらもどうぞ

自分の目標、自分のなりたい姿に合わせてスクールを選ぼう。