英字新聞のジャパンタイムズがお届けする
通訳・翻訳業界の総合ガイド

  1. トップ
  2. 通訳・翻訳の仕事を知る
  3. 翻訳・通訳業界の最新動向

翻訳・通訳業界の最新動向

他の多くの業界と同じように、コロナ禍によって翻訳・通訳業界は大きな影響を受けた。感染拡大から1 年半以上が経過した今、翻訳・通訳業界はどのような状況なのか。日本翻訳連盟(JTF)の理事に、激動の2020 年の振り返りと、2021 年以降の展望を聞いた。

最悪期を抜け出し需要は再び拡大局面へ

安達久博
一般社団法人日本翻訳連盟 代表理事・会長
株式会社サン・フレア 代表執行役員
安達久博

コロナ禍による経済損失は、世界全体で1000兆円を超えると試算されている。世界のほぼすべての産業がコロナ禍で大きな影響を受けており、翻訳・通訳業界も例外ではない。

企業や団体を問わず多くの業界関係者が加盟している業界代表団体の日本翻訳連盟(以下JTF)は、翻訳・通訳業界の現状を定量的に把握するための市場動向調査を数年ごとに実施している。コロナ禍真っ只中の2020年、JTFは4年ぶりにその調査を実施し、『第6回翻訳・通訳業界調査報告書』として公表した。

そのアンケート結果によれば、『前年度より売り上げが減った』と回答した企業は、翻訳業界では51.6%、通訳業界では54.6%にのぼっており、さらに、売上が『10%以上減った』と回答した企業が翻訳分野で59.2%、『40%以上の減少』と答えた企業が通訳分野で46.1%にのぼるなど、コロナ禍が及ぼした影響の大きさをあらためて浮き彫りにする結果となった。だからと言って、翻訳・通訳業界の先行きに光明が見い出せないわけではないようだ。JTF会長の安達久博氏は、次のように語る。

「調査報告書は、2020年11月に締め切ったアンケートをもとに作成しています。つまり、コロナ禍の影響をまともに受けた昨年度上半期の状況が色濃く反映された内容になっています。下半期は需要の回復が見られ、最終的には、ほぼ前年度並みの売上水準に落ち着きました。もちろんまだ予断は許しませんが、需要低迷に歯止めがかかり、ホッと胸を撫で下ろしています」(安達氏)

通訳業界も、状況は同じようだ。JTF理事の村下義男氏が説明する。

「2020年度の上半期に関して言えば、国際的なイベントや展示会、学会が軒並みキャンセルを余儀なくされたことにより、通訳業界は翻訳業界以上の大打撃を被りました。とはいえ、下半期に入って以降は、セミナーや展示会のような人が集まることを前提としたイベントがオンラインでのウェビナーに切り替わるケースが増え、そこに通訳者が参加する『リモート通訳』のニーズが高まったこともあり、需要は回復基調にあります」(村下氏)

リモートワークとの親和性の高さが浮き彫りに

村下義男
一般社団法人日本翻訳連盟 理事
株式会社コングレ・グローバルコミュニケーションズ 代表取締役社長
村下義男

コロナ禍を機に人やモノの移動が制限されたことでビジネスパーソンの働き方は大きく変わり、ビジネスの手法にも変化が見られるようになっている。多くの企業がリモートワークの導入や会議等のオンライン化を実施したことに伴い、翻訳者や通訳者の働き方にも何かしら変化が及んでいるのだろうか。

JTF副会長で、個人翻訳者として活躍する高橋聡氏は、「分野による個人差はあるが、影響は比較的少ない」と推測する。

「私のような個人翻訳者は、もともと在宅で仕事をしていたため、コロナだからといって仕事の仕方に変化はありません。通訳も手がけている翻訳者は、対面での通訳ニーズが減ったぶん打撃を受けたはずですが、その後しばらくして、会議等のリモート通訳ニーズが高まったことで、持ち直しつつあるそうです」(高橋氏)

一方、企業内で翻訳業務に携わる社員には少なからず影響が生じているようだ。

「何かしら業務上の問題が発生し、独力での解決が難しい場合は、オフィスなどに勤務していたほうが上司や先輩、同僚らにアドバイスを仰ぎやすいことは事実です。スキルや問題解決力の向上という意味では、オフィスなど共通の空間内で仕事をするほうが効率的なことは確かかもしれません。当初はリモートワークに戸惑う社員も多かったようですが、大きな混乱はなかったように思います」(安達氏)

コロナウィルスの感染拡大は、翻訳者・通訳者にとって、物理的な意味での『どこで仕事をするか』ということだけでなく、リモートワークにおいて『生産性を高めるためにどんな工夫が必要なのか』ということをあらためて考えさせる機会になったと言えるかもしれない。

『翻訳祭』オンライン化で学びの機会が拡大

高橋聡
一般社団法人日本翻訳連盟 理事・副会長
実務・技術翻訳者
高橋聡

翻訳・通訳に求められる要素は時代とともに変化していくのが常で、語学の勉強にゴールはない。一流の翻訳者・通訳者として活躍し続けていくには、語彙力や表現力を高めたり文法に対する理解力を深めたりするなど、不断の努力が必要不可欠だ。そうしたこともあって、現役で活躍している翻訳者・通訳者にはもともと勉強熱心な人が多い。スキル向上や知識習得に余念がないそうした翻訳者や通訳者にとっては、コロナ禍によって『追い風』とも呼べる風が吹いている面もあるようだ。

「コロナ禍の影響のひとつとして、セミナーや勉強会などがオンライン化されたことが挙げられます。以前なら、都内開催のセミナーやイベントには近郊在住者しか参加できませんでしたが、オンライン化されたことで、日本中どころか世界中からセミナーや勉強会に参加できるようになり、学びの場へのアクセスが容易になりました。世界中で多くの人が亡くなっているため軽々にものは言えませんが、パンデミックに対応するためのオンライン化の促進は、スキルアップに積極的な翻訳者や通訳者にとって大きなメリットをもたらしている面があると思います」(高橋氏)

高橋氏の指摘は、JTFが主催するイベントにも同じことが言える。1992年以降、JTFでは、9月30日の『世界翻訳の日』を祝うためのイベント『JTF翻訳祭』を毎年開催してきた。これは、翻訳の品質やプロセス、機械翻訳など様々なテーマに関するセッションや展示を行なう催しで、翻訳・通訳に携わっている多数の企業や個人が参加している。同時に開かれる交流パーティーは、関係者が翻訳・通訳に関する情報交換を行なう貴重な場にもなっていた。

しかし第30回の記念すべき開催となるはずだった2020年度大会は、コロナ禍に配慮して『JTF Online Weeks(翻訳祭29.5)」』としてオンライン開催されることになった。

「過去の翻訳祭はパシフィコ横浜などの大規模会場で開催してきましたが、オンライン化されたことで時間や場所の制約がなくなりました。そのため2020年の翻訳祭は2週間という長期間にわたる開催が可能となり、例年であれば1日に多数詰め込んでいたセッションを1日2コマに抑えるなど、参加者にとって余裕のあるスケジュールを組むことができて好評でした。そのおかげか、遠方に住んでいるなどの理由で従来なら参加できなかった翻訳者や通訳者にも多数参加していただくことが可能になり、2020年の翻訳祭はたいへんな盛況となりました」(村下氏)

2021年の今年も、JTFは翻訳祭のオンライン開催を決定している。

「奇しくも、今年はJTF創立40周年。そして、10月に予定している翻訳祭は第30回の開催となります。節目の年を迎えるということで、例年以上に充実した内容にすることを期しています。よりスキルアップしたいと考える現役バリバリの翻訳者や通訳者だけでなく、仕事を始めて間もないフレッシュな方々にも気軽に参加してほしいと願っています」と、安達氏は力を込める。

DXの促進で変容・拡大する翻訳ニーズ

新型コロナウィルスのパンデミック以前まで、グローバル化の進展やテクノロジーの発達の恩恵を受けて、日本の翻訳・通訳需要は着実に拡大を続けてきていた。海外に進出する日本企業が増える一方、外資系企業の日本市場への参入も相次いでおり、それらに伴う旺盛な需要を取り込むことができていたからだ。

また近年では、YouTubeに代表される動画市場の爆発的拡大に伴い、一般ユーザだけでなく、企業や公的機関等もプロモーションなどに動画サイトを利用するようになった。マーケティングやブランディングに動画コンテンツを活用したい企業にとっては、動画コンテンツなどで世界中の視聴者を獲得することが必要不可欠で、作成した動画などに字幕やセリフなどを挿入する必要があることから、字幕翻訳等の需要も年を追うごとに拡大していた。

そこへ立ちはだかったのが、コロナショックである。コロナ禍は世界中の人々のライフスタイルや働き方、考え方に大きな影響を及ぼしたが、翻訳・通訳需要にも変容をもたらしているのだろうか。

「動画コンテンツ関連の翻訳・通訳ニーズは、現在も拡大を続けています。それ以外で言えば、新型コロナウィルスの感染拡大を機に、医療翻訳の需要が顕著に増えているということが言えると思います」(高橋氏)

コロナ禍は世界共通の危機であり、その危機的状況の中で、より信頼できる医療情報やウィルス情報をそれぞれの母語で受発信するニーズが増えたことは容易に想像できる。

ほかに、外出自粛や時短営業などの影響でいわゆる『巣ごもり需要』が増えたことでも、語学サービス需要に変化が見られたという。高橋氏は「多くの企業が、顧客向けのオンラインサービスにこれまで以上に注力するようになった」と述べ、新たなマーケティングキャンペーンやeコマース戦略を展開するための製品資料や広告などの翻訳需要が高まったと話す。同様に、いわゆる『デジタルトランスフォーメーション(DX)』が重視されるようになったことも業界に恩恵をもたらしつつある、と高橋氏は付け加える。わかりやすい例を挙げれば、自治体が災害情報や緊急速報を発進する際には、在留外国人にも配慮して、ITを活用して『多言語』で速やかに情報を配信する必要があるが、あらゆる分野で同種の翻訳ニーズが高まっているという。また、休校や在宅勤務の増加などに伴って授業や社員研修のeラーニング移行が進んでおり、当該分野の翻訳需要も高まっているようだ。

さらに、高橋氏は別の側面も指摘している。

「私は翻訳学校で講師も務めていますが、パンデミック以前に比べると、翻訳者志望の人が増えた印象を持っています。受講者一人ひとりに直接確認したわけではありませんが、コロナ禍を機にリモートワークに注目が集まったことで、『在宅勤務が可能な仕事』としての翻訳業に興味を持つ人が増えたのだと思います。それが翻訳業界にとって吉と出るか凶と出るかは、現時点ではわかりません」(高橋氏)

一方の通訳分野で言えば、多拠点に散在している社員あるいは取引先とオンラインでミーティングや会議を実施する際などに、「Zoomの同時通訳機能を使ったリモート通訳など、従来にはなかった通訳ニーズが出てきました」と、村下氏は説明する。

「国際的なカンファレンスでも同様のニーズが増えており、典型的なケースとして、証券会社が主催する『インベストメント・カンファレンス』が挙げられます。これは、国内外の機関投資家と企業との関係構築の機会を提供するためのイベントで、2020年の上半期はすべてのカンファレンスがキャンセルになりましたが、下半期に入ってから、大手日本企業と欧米を中心とする機関投資家とを結んだZoomカンファレンスが多数開催される中で、従来の〝対面型通訳〟から〝リモート通訳〟へと姿を変え、その通訳市場は着実に拡大の一途を辿っています。」(村下氏)

ITリテラシーの高い翻訳者・通訳者を目指せ

 新型コロナウィルスのパンデミックが引き金となって、世界ではデジタル化が進行し、私たちが暮らす社会は新しいステージへ移行しつつある。新時代の担い手となるべきこれからの翻訳者・通訳者には、いったいどのようなスキル、意識、態度が求められるのだろうか。語学力、表現力、営業力、コミュニケーションスキル、プロ意識などを持ち合わせていることは前提として、村下氏は新たな要素として『ITリテラシー』を挙げている。

「翻訳者も通訳者も多くの機密情報を扱うため、データ等の管理には、これまで以上に細心の注意を払うことが求められます。翻訳で言えば、未発表製品のマニュアルや個人情報が満載のファイルなどが挙げられるでしょう。そうしたクライアントのデータを守るためにはインターネットはもちろんのこと、ネットワークやデータ侵害等、情報セキュリティに関する最低限の知識と保護技術が求められます。さらに言えば、翻訳や通訳の品質を高めるための支援ツールに関する知識を深めていくことも、これからの翻訳者、通訳者にとって重要になると思います」(村下氏)

安達氏も、村下氏の意見に賛同する。

「日本では、情報の取り扱いに関する教育がほとんど行なわれてきていません。JTFとして、情報リテラシーやITリテラシーについて学ぶ場を提供していく必要を感じています」(安達氏)

一方、高橋氏は『機械翻訳』の精度向上に伴い、翻訳者にとって厳しい時代が到来する、と気を引き締めている。

「機械翻訳の精度は日に日に向上しています。かつて人間が手がけていた部分が、機械翻訳に少しずつ置き換えられるようになっており、その流れは今後ますます強まっていきます。例えば、あらかじめ機械翻訳された文章の手直しなどをクライアントから求められるケース、すなわち『ポストエディット』のニーズが増えていくでしょう」(高橋氏)

ポストエディットとは、機械翻訳が出力した訳文を『ポストエディター』と呼ばれる翻訳者が修正して、人手翻訳に近付けるサービスだ。翻訳分野や翻訳ソフトの性能によっては、ときには一から翻訳し直す必要が生じることもある。

「以前であれば、翻訳者として『粗削り』な部分を残したまま業界に入っても、易しめの文章翻訳の経験を積んでいくことでレベルアップを図ることができました。最近では、その『易しい』部分が機械翻訳に置き換わりつつあることから、その部分に関する需要はどんどん減っていくはずです。そのあおりを受け、本当の意味でレベルの高い翻訳者、言い換えれば『本物』しか生き残れない厳しい時代が来ると確信しています」(高橋氏)

では、これから語学サービスの分野でキャリアを積んでいきたいと考えている新人は、何を心掛け、何を実践すべきなのだろうか。高橋氏は、「新人翻訳者あるいは通訳者としてデビューする時点で、一定の完成度の高さを身につけておく必要があります。それを見据えて、自ら試行錯誤を重ねていくしかありません」とアドバイスする。完成度を高めるための方法に『絶対解』は存在しないものの、ひとつの選択肢として、安達氏は『検定試験』の活用を挙げる。

「JTFでも『ほんやく検定』を実施していますし、JTF以外でも翻訳や通訳関係の検定試験を主催している機関はたくさんあります。そうした検定試験で自身の客観的な翻訳力を確かめつつ、その時点での課題の修正に取り組んでいくなどの地道な努力を通じていくことでしか、完成度は手にできないと思います」(安達氏)

翻訳・通訳需要は今後も順調に伸びていくことが予想されるとはいえ、楽観は禁物である。これからプロの翻訳者・通訳者を目指すことを考えている人は、語学サービスを取り巻く状況の変化を注視しつつ、自らの弱点を把握して克服する、強みとなるプラスアルファを見つけて磨くなど、地道な努力に加えて自分と向き合う強い心も必要になりそうだ。

取材・文/陶木友治

第30回JTF翻訳祭2021

共に創ろう、新たな時代の言語イノベーション
〜翻訳・通訳の持続可能な発展を目指して〜
開催期間:2021年10月6日(水)~10月20日(水)
開催形式:オンライン開催(Zoomウェビナー)
録画視聴可能期間:2021年11月24日(水)23時59分まで
プログラム等の詳細は公式サイト<https://www.JTF.jp/30thfestival/>
※2021年9月30日(木)翻訳祭プレイベント(翻訳の日記念)開催予定